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実践!法律文書翻訳講座 第十九回 譲歩

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

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譲歩
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前回および前々回は「~の場合を除き」とか「~の範囲において」などの、一定の条件を示す表現を整理しました。
今回は、「~であろうと」「~にもかかわらず」などの、譲歩を示す表現をみていきます。

ではまず前回の宿題です。

【例文】

1.  Subject to the provisions of the present Agreement, the Contracting Parties shall collaborate with each other for the promotion and development of the peaceful uses of atomic energy in the two countries in the following ways:
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/ugoki/geppou/
V03/N06/195806V03N06.HTML

2.  Receiving Party may disclose Confidential Information to its employees as and to the extent such disclosure is necessary for the performance of such person’s or entity’s obligations or otherwise naturally occurs in such person’s or entity’s scope of responsibility.

【訳例】

1. 本合意の規定に従うことを条件に、本契約当事者は、2国における原子力の平和的利用を促進および開発するために、以下の通りに相互に協力し合う。

2. 受領当事者は、本機密情報を自己の従業員に開示することができるが、かかる開示は、それがかかる人または事業体の義務の履行に必要である、またはかかる人または事業体の責任の範囲において自然に発生する範囲に限定される。

1は、日本政府と英国政府間における原子力の平和的利用に関する合意の一部です。
subject to the provision of ~ は定型的な表現で、契約書などの法律文書によく使用されます。「~の規定に従うことを条件に」「~の規定に従い」などと訳します。
subject to the terms and conditions of this Agreement なども同様です。「本契約の諸条件に基づき」と訳しても構いません。

2では、to the extent の部分から「~の範囲において開示することができる」と訳すのは、日本語として自然な訳文にしにくい構文ですので、訳例のように文章の前から訳しおろしています。文章の構成によって、訳し方の工夫が必要です。

では今回の本題に入りましょう。

譲歩の表現
譲歩の表現は、それ自体は難しいものではありませんが、
これが含まれる訳文は長いものも多く、上手に訳していかないと仕上がった訳文がぎこちなくて不自然なものになりがちです。

◆ notwithstanding
「~もかかわらず」という譲歩の意味を表す前置詞です。
notwithstanding the foregoing(その他に above、foregoing paragraph など)のような使い方をします。

【例文】

1.  Notwithstanding the foregoing, the license provided herein does not permit the Customer to, and Customer agrees not to and shall not modify, unbundle, reverse engineer, or create derivative works based on the Software.

2.  Notwithstanding anything contained in this contract to the contrary, no warranty, express or implied, is made with respect to the information provided hereunder.

【訳例】

1. 上記にかかわらず、本契約において付与されるライセンスは、カスタマーによる本ソフトウェアの変更、切り離し、リバースエンジニアリング、またはこれに基づく派生物の生成を認めておらず、カスタマーはこれらを行わないことに同意し、これらを行ってはならない。

2. 本契約においてこれに矛盾する定めがあろうとも、本契約に基づき提供される情報に関しては、明示的または黙示的ないかなる保証もなされていない。

2の notwithstanding anything …to the contrary も、よく使用される定型的な表現です。時には notwithstanding を後に置換した形もありますので注意しましょう。

1と2では、同じ notwithstanding ですが、訳し方を変えてあります。2の方は notwithstanding の後に続く部分が長いので、前置詞的に訳すと不自然な日本語になってしまうからです。

◆ whether
whether ~ or not の形で「~であろうとなかろうと」、あるいは whether A or B の形で「AであろうとBであろうと」という譲歩の意味を示す表現です。

【例文】

1.  This agreement sets forth the entire agreement and understanding between the parties with respect the subject matter hereof and supersedes all prior discussions, representations, understandings and agreements, whether oral or in writing between the parties with respect to the said subject matter.

2. WE MAKE NO WARRANTIES, EXPRESS, IMPLIED OR STATUTORY, AS TO THE INFORMATION IN THIS PRESENTATION.

【訳例】

1. 本契約書は、本契約の主題に関する両当事者の完全なる合意および了解事項を記載しており、口頭または書面のいずれによるかにかかわらず、かかる主題に関する両当事者間のこれ以前の協議、表示、了解事項、および合意事項の全てに優先する。

2. 当社は、このプレゼンテーションにおける情報に関しては、明示的、黙示的、または制定法上のいずれであるかにかかわらず、一切の保証をいたしません。

1の oral と writing、2の express と implied (時には例文のようにstatutory も)は、いずれも定型的な表現です。1では whether があり、2ではwhether はありませんが、同じように「~であろうと」「~のいずれであるかにかかわらず」という意味になる表現です。

では宿題です。

宿題

1.  The foregoing notwithstanding, nothing in this Agreement will be deemed to preclude any party from using the legal process of any court with jurisdiction to seek remedy or redress (including without limitation injunctive or other equitable relief) for any infringement of copyright, trademark rights, or other intellectual property rights.

2.  In no event shall ABC be liable to any other person or entity for any loss of profits, loss of use, direct, indirect, incidental, consequential, punitive, or special damages, whether under contract, tort, warranty, or otherwise, arising in any way out of this Policy, whether or not ABC had been advised of the possibility of such damages.

両方ともやや長い文章で、特に2のほうではwhether が2つ出てきますが、できるかぎり日本語らしい訳文作りを目指してください。

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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