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実践!法律文書翻訳講座 第四回 読みやすい文章

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

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第四回 読みやすい文章
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法律文書は堅苦しい表現が多い上、原文に忠実かつ正確に訳す必要があるため、訳文も非常に堅苦しくなりがちです。ともすれば、日本語として意味の取れない文章になってしまうことも!

今回も、前回に引き続き、そんな傾向を打破するためにちょっとしたコツをご紹介します。
ではまず、宿題から。

【例文】

In the event of any default or breach of any provisions hereof by either of the parties hereto, if such default or breach is not cured within thirty(30) days after the non-defaulting party’s written notice thereof, the non-defaulting party shall have the right to terminate this Agreement by giving written notice of termination.

【訳例】

本契約の一方当事者による、本契約のいずれかの規定の不履行または違反が発生し、非不履行側当事者によってかかる不履行または違反についての通知がなされた後30日以内に、かかる不履行または違反が是正されない場合、非不履行側当事者は、解除の通知書を付与することにより、本契約を解除する権利を有するものとする。

まず、冒頭のIn the event of any default or breach……は、原文の英語では句ですが、日本語訳では節として訳しています。
「本契約の当事者のいずれかの不履行及び違反の場合」とするよりは、訳例のようにしたほうが、出来上がりの日本語はやや長くなりますが、文章として意味がスッと頭に入りやすいはずです。

その他にも、non-defaulting party’s…… のところも、「非不履行側当事者の」とせずに「非不履行側当事者によって」とすることで、意味を明確化し、分かりやすくしています。
さて、皆さんの解答も、これに近い感じになったでしょうか。

では、読みやすくする作戦の続きです。

◆if any、if possible, as applicable、as the case maybe などの処理の仕方

法律文書には、上記のような句が挿入されることがよくあります。短いし、訳してもたいした意味にはなりそうにないのですが、何事もキッチリと表現しておくことが正しい法律文書ですから、「あってもなくてもいい」飾りではないのです。

if any は、「それが存在するかどうかは明確ではないが、もしもあるとしたら」という意味です。たった2語なのに。
同様に、if possible は、「それが可能かどうかはここで問題にはしないが、可能であるならば」という意味です。
こう書いておかないと、if any の場合ならこれを挿入した条文があることによって、存在することを暗に示した、黙示した、と相手方に主張されてしまうかもしれませんし、if possible も同じで、「それが可能だという前提で話をしている」と言われてしまう恐れが有ります。

【例文1】

Licensor’s aggregate liability and that of its affiliates and suppliers under or in connection with this agreement shall be limited to the amount paid for the Software, if any.

【訳例】

本契約に基づく、またはこれに関連する、ライセンサーの総債務額および、ライセンサーの関連会社およびサプライヤーの総債務額は、本件ソフトウェアのために支払われた金額があるとしたら、その金額に制限されるものとする。

例文のif any は、if there is any amount paid for the Software の略です。
if any の部分の訳としてよく見られるのは、

本件ソフトウェアのために支払われた金額(もしあれば)に制限されるものとする。

これでももちろん間違いではないですし、充分意味は分かります。でもこの訳文を読むと、(もしあれば)の部分でちょっとつまずいちゃうような感覚がないでしょうか。
ここはやはり、上手く訳文のなかにif anyの意味をを盛り込んで、多少語句を補って自然な文章にした方がいいでしょう。,/p>

【例文2】

If the second Party fails to appoint an arbitrator or the two arbitrators fail to agree on the selection of a third arbitrator, the second or the third arbitrator, as the case may be, shall be selected by the President of the Administrative Tribunal of the International Labour Organization, established in Geneva, Switzerland.

【訳例】

第2当事者が仲裁人の指名を怠った、または2人の仲裁人が3人目の仲裁人の選定において合意し得ない場合、2人目の、または場合に応じて3人目の仲裁人は、スイスのジュネーブに設立された国際労働機関の仲裁裁判所の裁判所長によって選任されるものとする。

if any やas the case maybe のような挿入語句を訳す時に注意したいのは、挿入する場所と表現です。
例文2でも、

2人目の、または3人目の仲裁人は、場合に応じて、

では、文章の流れが悪く、意味もやや分かりにくいですね。

◆言葉を補って訳す


上の例文1の説明のところで「語句を補って」と述べましたが、これも重要なテクニックです。

例文1の1行目、that of its affiliates and suppliers を、もしも「その関連会社およびサプライヤーのそれ」と訳してしまったら、意味が分かりにくくなりますね。
that は、aggregate liabilities を指しており、its は Licensor を指しています。
同様に、冒頭で解説した宿題文でも、non-defaulting party’s written notice thereof の thereof を、「それらの」とせずに、「それら」の中身を言い直して訳しています。
何度も同じ言葉を繰り返して並べてくどくなるのも禁物ですが、「それ」とか「これ」では意味が不明瞭になると感じたら、適宜、言葉を補っていきましょう。

宿題

Confidential Information does not include any information that (i) is or becomes generally available to and known by the public (other than as a result of an unpermitted disclosure directly or indirectly by the Receiving Party or its affiliates, advisors or representatives); (ii) is or becomes available to the Receiving Party on a nonconfidential basis from a source other than the Disclosing Party or its affiliates, advisors or representatives, provided that such source is not and was not bound by a confidentiality agreement with or other obligation of secrecy to the Disclosing Party; or (iii) has already been developed, or is hereafter developed, independently by the Receiving Party without violating any confidentiality agreement with or other obligation of secrecy to the Disclosing Party.

長いですね。セミコロンで区切られていますが1つの文章です。
でも皆さんはもうある程度、この長い文章をどう訳せば読みやすくなるかをご存知のはずです。
今日の講座での内容に加え、今までの第1回から前回までにご紹介たテクニックを思い出してください。
・構成を把握する(第1回)
・カッコは後から(第1回)
・分割して1つずつ(第1回)
・文章を区切る(第2回)

  区切りになる接続詞や語句を探す
文中で箇条書きになっているものは区切る
なるべく文頭から訳し下げていく

・品詞にこだわらない(第3回)

さあ、読みやすい訳文を目指して頑張ってみてください!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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