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実践!法律文書翻訳講座 第七回 一見簡単そうな表現の訳し方 その3

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

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第七回 一見簡単そうな表現の訳し方 その3
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前回までの「その1」と「その2」では、接続詞の and と or の訳し方をお話しました。
今回も引き続き、頻繁に使われるのに訳文の中での処理がうまくいかないことがある表現を見ていきます。

ではまず、前回の宿題から。

【例文】

Except for payment and indemnity obligations hereunder, neither party shall be deemed in default hereunder for any interruption, delay, or failure in the performance of its obligations hereunder due to earthquake, flood, fire, storm, act of God, war, armed conflict, terrorist action, labor strike or any other labor dispute, or any governmental act or regulation, provided that the party relying upon this provision shall (i) have given the other party written notice thereof promptly and (ii) shall take all reasonable steps reasonably necessary under the circumstances to mitigate the effects of the force majeure event upon which such notice is based.

【訳例】

本契約に基づく支払い義務および免責の義務を除き、いずれの当事者も、本契約に基づくその義務の履行を中断した、これに遅延した、またはこれを怠ったとしても、それが地震、洪水、火災、嵐、天変地異、戦争、武力紛争、テロリスト行為、労働者のストライキもしくはその他の労働紛争、または政府の行為もしくは規制に起因する場合、本契約に基づく不履行を犯したとみなされないものとする。ただし、本規定に依存する当事者は、(i) すみやかに書面で他方当事者にその旨を通知していなければならず、かつ、(ii) かかる通知の根拠である不可抗力事由の影響を緩和するために、その状況下で合理的に必要な、妥当な措置の全てを取るものとする。

labor strike or any other labor dispute が1つのかたまり、any governmental act or regulation も1つのかたまりなので、この2つの or は、「もしくは」と訳します。

and と or の話は大体この辺でおしまいにしますが、もう1つ、and /orについて。
契約書にはしょっちゅう、このand /orという表現が出てきます。

【例文】

The order for Products does not imply any assignment or license of the intellectual and /or industrial property rights attached to Products owned by the Buyer.

【訳例】

本製品の注文は、買主が有する、本製品に付随する知的財産権および/または工業所有権の譲渡またはライセンス付与を黙示しない。


A and/or B という表現の意味は、A and B も、A or B も含まれます。「AとBの両方」かもしれないし、「Aだけ」「Bだけ」のどちらかかもしれない、そういうときに用いられます。上の例で言うと、買主がその製品に関して保有している権利は、知的財産権と工業所有権の両方かもれないし、知的財産権だけかもしれないし、工業所有権かもしれない、ということです。場合によってはややこしくなるので、and /or の使用を好まない人もいるのですが、それでも頻繁に使用されます。訳すときは、そこで意味されることをしっかり理解しつつ、「および/または」とするしかありません。

◆any ~ の訳し方

たった3文字の単語で、最も頻繁に使用されるものの1つでありながら、法律文書に登場するときは上手く訳しにくいこともあるのが、any です。
any は、肯定文の中では「いずれの/あらゆる~も」という意味になりますが、否定文だと「いかなる/いずれの~も、……でない」になりますね。

【例文1】

Either party may terminate this Agreement immediately upon the occurrence of any of the following events.

【訳例1】

いずれの当事者も、以下のいずれかが発生した場合、ただちに本契約を解除することができる。

【例文2】

Neither party may assign any of its rights or obligations hereunder without first obtaining the written consent of the other party.

【訳例2】

いずれの当事者も、他方当事者の書面による同意をあらかじめ得ることなく、本契約に基づく権利または義務のいずれをも、譲渡してはならない

1)と2)くらいの条文の長さや any の登場回数ならいいのですが、これが次の条文のように3行の文章に5回も登場するといった場合、「いずれの」「いかなる」「あらゆる」などと、any をいちいち訳してしまうと、日本語として不自然さが目立ちます。

【例文3】

User agrees that User will not use any third-party materials in any manner that would infringe or violate the rights of any such other party, and that Company is not in any way responsible for any such use by User.

【訳例】

ユーザーは、他者の権利を侵害するような方法で、第三者の素材を使用しないことおよび、ユーザーのそのような使用方法については、会社はいかなる場合も責任を負わないことに同意する。

そこで、上の訳例のように、any の意味を出す部分は、強調的なフレーズである in any way のところだけにしました。
とくに3)の条文は、一般の消費者(User)を対象とした契約書なので、読みやすさ、意味の分かりやすさを重視するべきです。そういった場合は、逐語的に訳すことよりも、全体の意味に大きな影響を与えない any は訳文の中から省いて、読みやすい日本語にすることを優先します。

だったら1)でも2)でも、他のどんなときも、any の意味など訳さなければいいのでは、という考え方もあります。日本語としてはそれで問題ない場合が多いでしょう。
ただ、たとえば1)のany には、解除事由の「どれか一つでも該当したら」という意味が含まれていますし、2)でも、「どれもダメ」という、強調のニュアンスも持たされています。単に「権利・義務は譲渡できない」と言いたければ、Neither party may assign its rights or obligations hereunder でも構わないわけですから。
ですので私は、訳文が不自然で読みにくいものになってしまわなければ、なるべく any の意味を出すようにしています。絶対にそうでなければ、というものではなく、バランスですね。

では、宿題です。
短い条文なので2問。

宿題

1)
Any and all claims, disputes, controversies or differences arising between the parties hereto relating to any of the provisions hereof shall in the first instance be attempted to be settled by good faith negotiations between the parties.

2) 
The failure of either party at any time to require performance by the other party of any provision hereof shall in no way affect the right of the first party to require performance of such provision thereafter or any other provisions hereof.

では、次回もお楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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