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実践!法律文書翻訳講座 第六回一見簡単そうな表現の訳し方 その2

江口佳実

実践!法律文書翻訳講座

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第六回一見簡単そうな表現の訳し方 その2
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こんにちは。
前回の講座では、一見簡単そうなのに上手く訳せない表現「その1」として、接続詞 and の訳し方を解説しました。私は時々チェッカー(他の翻訳者さんが訳されたものを、確認する仕事)をさせていただくのですが、この and と、and の兄弟の or の訳し方が、意外にもうまくいっていない時があるようです。
では、今日はその or の訳し方をやっていきましょう。

まず前回の宿題から。

【例文】

Seller shall indemnify, hold harmless, and at Purchaser’s request, defend Purchaser, its affiliates and subsidiaries, officers, directors, and employees, customers, agents and representatives, and those of its affiliates and subsidiaries, against all claims, liabilities, damages, losses and expenses, including attorneys’ fees and cost of suit arising out of or in any way connected with the Goods provided under this Agreement.

【訳例】

売主は、本契約に基づき提供される物品から生じる、または何らかの形でこれに関連する、弁護士手数料および訴訟費用を含めた、あらゆる申立て、責任、損害賠償、損失および支出の全てについて、買主、その関連会社および子会社、役員、取締役および従業員、顧客、代理人および代表者ならびに買主の関連会社および子会社の前述のものを補償し、これに害を与えず、および買主の要求に応じてこれを防御するものとする。

たくさん and が使われていますね。
注意が必要なのは、上の[例文]のところで、色分けしてある部分の and です。
色分けは、その中の and で一括りにされているグループを表しています。
そして、色分けに入っていない、黒で残されている and は、Purchaserと色分けグループたちをつなぐ大きな括りを表しています。ですからこの黒い and は、「ならびに」と訳します。最後の小グループの those of はちょっとややこしいのですが、それまでに羅列されている項目の中で、its affiliates and subsidiaries を除くもの、すなわち officers から representatives までを指す代名詞です。

ご注意いただきたいのは、名詞を並べるときの「および」「ならびに」の前は「、」を打たないこと。
  例) 役員、取締役および従業員
   
……代理人および代表者ならびに買主の関連会社……

ところが、並べる要素が動詞、副詞または形容詞の場合は、「、」を打ちます。
  
例) 補償し、これに害を与えず、および買主の要求に応じてこれを防御する

いろいろなルールがあって、ややこしく感じるかもしれませんが、そのうちに慣れて、考えなくても自然にルールどおりに書けるようになります。むしろ、ルールどおりに書かないと気持ち悪くさえなってきますので、安心してください。

==========
では、or に移ります。

◆「又は」と「若しくは」

or も、and と同様、訳し分けをします。
単純にA、Bのうちのどれか、といった選択の場合には「又は(または)」を使います。

例)
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。(民法第750条)

この場合、選択肢が3つ以上でも、単純にそのうちどれかの場合は「又は」です。
ところが、選択肢の中にグループが発生するときは、グループの方に「若しくは(もしくは)」を使います。

例)
婚姻成立の日から200日後又は婚姻の解消若しくは取消の日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。(民法第772条)

最近社会的問題として取り上げられている民法の条文ですが、「婚姻の成立から200日後」という条件と、「婚姻の解消/取消の日から300日以内」という条件のいずれかに該当する場合、という条件提示をしている部分で、「婚姻の解消」と「婚姻の取消」が小さい一括り、グループとなっていますね。ちなみに婚姻の「解消」と「取消」は法律の概念上別のことなのでわざわざこう書いています。
英語の例文で見てみましょう。

【例文1】

YOU AGREE TO BE BOUND BY THE TERMS OF THIS AGREEMENT BY INSTALLING, COPYING, OR OTHERWISE USING THE SOFTWARE.
(マイクロソフト某ソフトウェアのエンドユーザー使用許諾契約書より)

【訳例】

本ソフトウェアをインストール、複製または使用することによって、お客様は、本契約書の条項に拘束されることを承諾されたものとします。

【例文2】

ABC shall not make any warranty as to the results that may be obtained from the use of any product or service provided under this Agreement or to the accuracy or reliability of any information that may be obtained through such service.

【訳例】

ABCは、本契約に基づき提供されるいずれかの製品またはサービスの使用から入手される場合のある結果について、またはかかるサービスを通して入手される場合のあるいかなる情報の正確さもしくは信頼性についても、いっさいの保証をしないものとする。


例1は単純に「または」でつなげる場合です。INSTALLINGと COPYINGと OTHERWISE USING の間にグループ分けはなく、同等の選択です。

例2の方は少し複雑ですね。
太字になっている or によってつながれているのは、修飾節や句を省けば、results と accuracy と reliability です。このうち accuracy と reliability は information の正確さと信頼度なので一括りになり、「もしくは」でつなげられます。

並べる要素が名詞の「又は」と「若しくは」の場合の読点「、」も、
「A又はB」  「A、B又はC」
となります。
並べる要素が動詞、形容詞または副詞のときは、
「Aし、又はBするときは」 「Aする、またはBする、若しくはCするときは」
のようになります。

では、宿題です。

宿題

Except for payment and indemnity obligations hereunder, neither party shall be deemed in default hereunder for any interruption, delay, or failure in the performance of its obligations hereunder due to earthquake, flood, fire, storm, act of God, war, armed conflict, terrorist action, labor strike or any other labor dispute, or any governmental act or regulation, provided that the party relying upon this provision shall (i) have given the other party written notice thereof promptly and (ii) shall take all reasonable steps reasonably necessary under the circumstances to mitigate the effects of the force majeure event upon which such notice is based.


申し遅れましたが、「及び」「並びに」「又は」「若しくは」は、法令の条文中では漢字で書かれていますが、契約書の場合は、読みやすさを考慮して平仮名にひらいてかまいません。

次回は引き続き、一見簡単そうな表現で上手くいかないものの訳し方を。
お楽しみに!

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記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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