Tradosとぼくと翻訳メモリ管理
本日は少々込み合ったお話となりますが、翻訳メモリの管理についてお話していきたいと思います。
これまでお話ししてきた通り、翻訳メモリは過去の翻訳資産を再利用し、効率的に翻訳作業を進めることが可能となります。しかし、翻訳メモリの管理が甘いと誤訳や訳漏れの温床となってしまいます。
1. 翻訳メモリの管理
翻訳メモリを適切に使用するためにはメモリをしっかりと管理していく必要があります。管理の甘いメモリを使用した際に起こりうるリスクの一例を見てみましょう。
a) 誤訳の流用
こちらは単純な話で、タイトルを見ただけでもうすうす気づいた方もいらっしゃるでしょう。翻訳メモリは過去訳を流用するという性質上、基準となる過去訳に誤訳が含まれている場合は、誤訳が再生産されてしまいます。
b) 文脈の相違
各ファイルの特徴に応じたメモリを選んでいかなければ、文脈とメモリの表現が合わずにちぐはぐな文章が作成されてしまう可能性があります。簡単な例で例えるならば、語尾の問題があります。日本語では文章の性質に応じて「である調」と「ですます調」の2種類の語尾が使い分けられます。
既にお気づきの方もいると思いますが、新規翻訳部分を「ですます調」で訳出していても翻訳メモリがマッチしている箇所のみ「である調」となってしまう可能性があります。
こちらはほんの簡単な一例ですが、翻訳メモリは文脈を考慮せず、機械的に一致する文章を探し出す機能となるため、異なる文脈の文章が含まれている場合、読者にとって読み辛い文章となってしまう可能性があります。
ちなみに、こうした文脈の相違を最低限に抑えるためには翻訳資料の種類別に翻訳メモリを分割管理する方法などがあります。
c) 翻訳メモリの整合性
翻訳メモリは通常1対1のペアで保存されていますが、メモリによっては1対多、多対1の関係性で記録されている可能性があります。前回お話しした原文取り込みにも通じる話題ですが、Tradosでは改行やピリオド、コロンなどを1文の区切れと認識して各分節に分割します。(Tradosの設定によって文節の区切れを変更することも可能です)
例えば、原文に改行が含まれている文章があったとします。
Requirements and guidance,
refer to A1.1
この文章をTradosに取り込んだ場合、
文節1. Requirements and guidance,
文節2. refer to A1.1
と二つの文節に分割されて取り込まれてしまいます。
分割された文節は翻訳メモリでは1対1ペアで登録されるため、次のように訳出することができるしょう。
文節1. Requirements and guidance, :要求事項及び指針については
文節2. refer to A1.1:A1.1を参照する
あるいは翻訳者によっては同じ一文のため、
文節1. Requirements and guidance, :要求事項及び指針についてはA1.1を参照する
文節2. refer to A1.1:(訳なし)
と片方の文節に訳文をまとめてしまう場合もあるかもしれません。
このようにして登録された文節は原文と訳文がイコールの関係で結ばれず、原文と翻訳メモリの間で整合性が取れなくなってしまいます。その結果として、訳漏れや訳文の重複など思いがけないミスにつながってしまう場合があります。
2.まとめ
以上のように、翻訳メモリの管理を甘く見ていると思わぬところで不具合が生じてしまう可能性があります。個人の翻訳者さんであれば、メモリに多少の不具合があっても随時修正することで大きな問題に発展してくことはまだ少ないかと思います。しかし、翻訳会社や企業単位で一つのメモリを共同利用している場合、不特定多数の人間が使用するため、メモリの品質管理が非常に重要な課題となります。