スマホの「リアルタイム翻訳」は婉曲表現をどう訳すか
今回は和訳レッスンを一休みし、婉曲表現に関する興味深い実験結果をご紹介します。ぜひ肩の力を抜いてお読みください。
唐突ですが、あなたはスマホの「リアルタイム翻訳」を利用していますか。この機能を使えば、文章を入力しなくても、カメラで文章をかざすだけで瞬時に翻訳文が出てくるようになっています。しかも英日や日英はもちろん、世界中の何十もの言語にも対応しているのです。
さて、このスマホの「リアルタイム翻訳」を使っていると、ふと「婉曲表現も正確に訳せるのだろうか」という疑問が湧いてきました。そこで早速「婉曲表現」にスマホのカメラを向けてみたのでした。
電子辞書が登場したのは30年以上も前のこと。当時はその利便性を大いに喜んだものでしたが、電子辞書では文章は訳せません。引けるのはあくまで「単語」や「熟語」であり、出てくるのはその「定義」や「例文」に過ぎないのです。ですから、端から文章を翻訳させることなど思いも寄らないことだったのですが、スマホの「翻訳機能」は文章も訳してくれるのです。しかも瞬時に、です。
では、果たしてどの程度「婉曲表現」を正確に訳してくれるのでしょうか。この実験をする前の私の予想は「訳せるわけはない」だったのです。さて、実験結果はいかに…。
まず、「妊娠している」という意味の婉曲表現expectingを試してみました。この一語だけを訳させると「期待している」という訳が出てきましたが、これは予想どおりでした。「リアルタイム翻訳」では1種類の訳しか出せないわけですから、もっとも一般的な訳が出てくるはずです。ですから婉曲表現だと解釈して「妊娠している」が出てくるとは思えません。
では、I’m expecting our fifth child. だったらどうでしょうか。先の例から「私は5人目の子供を期待している」が出るとばかり思っていたのですが、驚くことに「私は5人目の子供を妊娠している」と出たのです。スマホが婉曲表現を正確に訳したのです。これには仰天しました。
では、I’m expecting his response.はどう訳されるのでしょうか。結果は「 彼の返事を待っています」でしたが、これも正確に訳しています。これにも驚きました。
このことから「expecting単独」だと「期待している」、expectingがchildと一緒に使われている場合は「妊娠している」、expecting がresponseと一緒に使われている場合は「待っている」とexpectingの訳を瞬時に切り替えていることが分かります。そこまで進んでいたのですね。
では、もう少し難易度の高い婉曲表現はどうでしょうか。同じ「妊娠している」という意味の婉曲表現としてeat for two という表現があります。妊娠中は食欲が増すことから、「自分の分とお腹にいる赤ちゃんの分の2人分を食べる」という意味合いで、妊娠していることを知っている相手に使う表現です。例えば、I’ll order a cheesecake since I’m eating for two now.といえば、「妊娠しているから、チーズケーキ頼みます」という意味になりますが、これをスマホはうまく訳してくれるでしょうか。
早速スマホに訳させてみると「今は2人で食べるのでチーズケーキを注文します」という訳が出てきました。いくらスマホの機能が向上しているといっても、「I’m eating for two now.」が「今、妊娠しているから」という意味であることはスマホには難し過ぎたようです。もっともリアルな会話としても、自分が妊娠していることを知っている相手にしか使わない婉曲表現なのですから、そこまで踏み込んだ訳を期待するのもおかしいのかもしれません。
次に「bathroom」を訳させてみましょう。この1語だけを翻訳させると「浴室」と出ます。電子辞書でbathroomを引くと、第1の定義が「浴室」、第2の定義が「トイレ」ですが、「リアルタイム翻訳」に訳させると第1の定義を出すわけです。それはそれで合理的だと思います。
ところが、May I use your bathroom? を訳させると「浴室を借りてもいいですか?」ではなく、「トイレを借りてもいいですか?」とbathroomという言葉が使われている文を理解して婉曲表現を正確に訳してくれます。もう、素晴らしいとしかいいようがありません。
では、もう少し難易度の高い婉曲表現で試してみましょう。「トイレに行きたい」という婉曲表現に、I want to wash my hands.やI want to powder my nose.というのがあります。はたしてこれらもうまく訳せるでしょうか。結果は、I want to wash my hands. は「手を洗いたい」、I want to powder my nose.は「鼻に粉を吹きたい」と出ました。これらの婉曲表現はスマホには難しすぎたようです。
これらの実験結果から推測できることは、スマホの「リアルタイム翻訳」が婉曲表現を正確に訳す場合もあれば、直訳する場合もあるということです。私は、正確に訳す場合があるというだけでも仰天ものでしたが、今後ますます翻訳の性能が上がってくれば、難易度の高い婉曲表現も正確に訳してくれるようになるかもしれませんね。以上、「リアルタイム翻訳」で婉曲表現を訳してみた結果でした。