TRANSLATION

婉曲表現のご紹介(9)「マーケティング」

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回は和訳レッスンを一休みし、「マーケティング」に関する婉曲表現をご紹介します。ぜひ肩の力を抜いてお読みください。

「夏みかん」という名前で売り出していた夏みかんを「サマーオレンジ」という名前に代えて売り出したら売り上げが2倍になったという話を小学生のとき先生から聞いて驚いたことがあります。しかし物を売ろうとすれば、それくらいの“工夫”は必要ということですよね。ちなみにジーニアス和英辞典によれば、「夏みかん」に相当する英語はChinese citronですが、「チャイニーズ・シトロン」という名前で出していたらそこまで売り上げが伸ばせたかどうかは分かりませんよね。

物を売るための“工夫”は喫茶店でも見られます。ドリンクの「ビッグ」サイズはあるのに「スモール」サイズがないファーストフード店をよく見かけますが、「スモール」より「レギュラー」のほうが“お得感”があるので「レギュラー」と言い換えているのでしょう。

物を売るときにこうした“工夫”をするのは日本だけではありません。そこで英語ではどのような“工夫”をしているのか見ていきましょう。

安いこと自体は買い手にとっては良いことではありますが、あまりダイレクトに安さをアピールすると買い手にとっては、自分が貧乏であることをばらされてしまうというリスクを負うことになりますので、売り手はその点も考慮しなければなりません。そういう理由でダイレクトすぎるcheapという言葉はタブーといえます。同じ「安さ」をアピールするのなら、budget, economy, low-cost, inexpensiveのいずれかに言い換えたほうが無難です。

サイズを形容する場合は、日本同様、smallをregularとかstandardと言い換える場合がありますが、そのように言い換えた場合、普通のサイズのものがlargeに“格上げ”されることになります。ちなみに自動車の場合はsmallがcompactに言い換えられます。

さて、では他の「マーケティング」に関する婉曲表現も見ていきましょう。

○ economy class, tourist class
主に飛行機の席で使われますが、「割安の」という意味で使われます。

○ complimentary
「賞賛を表わす」「お世辞の」「お愛想の」という意味のあるcomplimentaryですが、「無料の」「招待の」という意味で婉曲的に使われることがあります。例えば、complimentary beverageは「無料の飲み物」、complimentary dinnerは「招待の会食」、complimentary ticketは「優待券」のことです。

○ courtesy
「礼儀正しい」という意味のあるcourtesyですが、「無料の」「サービスの」「(ホテルなどの)送迎用の」という意味で婉曲的に使われることもあります。例えば、courtesy copy of the textsといえば「教師用献本」、courtesy phoneといえば「無料の案内用電話」という意味になります。

「安い」ものだけでなく「古い」ものを売るときにも注意が必要ですね。second-handといえばネガティブなニュアンスがあるため顧客を引きつけることは難しいですが、その点ではusedも同じことがいます。こうした言葉の代わりにnearly newとかpre-owned、previously ownedと婉曲的に言うことがあります。

不動産屋さんは売買を成立させたいがため、さまざまな工夫をするようです。例を見てみましょう。

○ bijou
これは「宝石」という意味のフランス語ですが、英語でも「宝石」「珠玉」「装飾物」という意味で使われます。また「小さくて優美なもの」「(家などが)小さくてしゃれた」といった意味で使われることもありますが、しばしば皮肉を込めた言い方になります。

○ convenient
「便利な」「都合がよい」という意味で使われることが多いconvenientですが、「一歩も動かなくても手を伸ばせば台所にあるすべての食器戸棚に手が届くほど小さい」というニュアンスで使われることがあります。

○ snug
「快適な」「こぎれいな」という意味で使われることが多いsnugですが、「こぢんまりとして整っている」という意味でも使われます。smallより感じのいい言葉ですね。

○ eat-in kitchen
これは「ダイニングキッチン」つまり、食事もできる台所のことを指しますが、アメリカの不動産屋はsmallという言葉を使わないで、小さいことを暗示するときにこの表現を使うとされています。

○ landscaped (of a new house)
「美化する」とか「景観整備する」という意味で使われることの多いlandscape ですが、landscapedと受け身形で使えば、「“建設業者ががらくたを取り除いて芝生を植えた庭”がある家」を婉曲的に表現したことになります。

○ period
「非常に古い」とか「骨董の」という婉曲表現です。period costumeで「時代ものの衣装」、period furnitureで「時代ものの家具」となります。

ちょっと“工夫”するだけでたくさん売れるのは、日本だけのことではなく、英語圏も共通しているのかもしれませんね。

 

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著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)、訳書に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)など約60冊の著訳書がある。

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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