英語と日本語の語順の違いに気を付ける
今回のレッスンでは、同じ概念を表現するときに英語と日本語とでは語順が異なる場合を考えてみましょう。
ある翻訳書を読んでいるとき、数行を読んで、「この訳者はまだ経験が浅い翻訳家なのかな?」と思ったことがあります。
ところが訳者のプロフィールを見てみると一流国立大学の教授でした。まさかこれほどの経歴の人が自分で訳したとも思えないし、となると誰かに下訳をさせて、ざっとチェックして出版したのかな? と思われる訳文でした。
私が違和感を抱いたのは、「衣類、国会、避難所」と訳されていた箇所でした。「国会」が場違いな感じがしたのです。どう考えても、そこに「国会」が出てくる必要性がないのです。
そこで早速、原書で「衣類、国会、避難所」に相当する箇所を確認してみると「clothing, diet, shelter」でした。つまり、「国会」と訳されていた英語はdietだったのです。
たしかにclothingは「衣類」、「diet」は「国会」、「shelter」は「避難所」です。
ただし、この3つが並べて使われていた場合、果たしてdiet を「国会」と訳していいでしょうか。
もちろん答えはノーです。この3つが並べて使われている場合、それが意味するところは、明らかに「衣食住」のことだからです。
さらに読み進めていると、またもや、おやっと思われる訳文が見つかりました。それは「供給と需要」という箇所でした。
この「供給と需要」は、原文をたどるまでもなく、supply and demand の訳であることがわかります。
たしかに、supplyは「供給」、demandは「需要」です。ですから「供給と需要」といっても誤訳とまでは言えないでしょう。しかし日本語ではまったく同じことを「需要と供給」といいます。つまり日本語と英語では語順が逆になるのです。
この例のように英語と日本語とは同じことを言うのに順序が異なることが多々あるのです。ただ、たとえそのような場合であっても、翻訳者としては、日本語として読みやすく訳すことが求められます。
「衣食住」を「衣類、国会、避難所」と訳したのでは明らかに誤訳ですが、「需要と供給」を「供給と需要」と訳してしまうと、翻訳者としての腕が疑われてもしかたないでしょう。
日本語として読みやすく訳そうと思えば、しあがった訳文を何度も読み返してみるのが一番です。スピードをあげて読んでみて、なんとなく違和感があるようでしたら、それが日本語として自然な表現か否かを調べてみるといいでしょう。
では、同じ概念を表現するときに英語と日本語とでは語順が異なる場合の練習問題を出してみましょう。次の英文はどう訳せばいいでしょうか。
Some birds are flying here and there.
直訳:いくらかの鳥がここやあそこを飛んでいる。
here は「ここ」を、thereは「あそこ」を意味しますから、英語の語順どおりに訳すとすれば「ここやあそこ」となります。
しかし、同じ内容のことを日本語では「あちこち」とか「あっちこっち」とか「あちらこちら」といいます。「こちあち」とか「こっちあっち」とか「こちらあちら」という言い方はあまりしません。
意味としてはどちらでも同じなのですが、英語の語順のまま訳してしまうと、日本語としてのリズムが悪くなります。
こういう場合は日本語のリズムを重視して訳すのがコツです。また最初のsomeは省略することができます。以上の点を踏まえて、訳文を修正してみましょう。
宮崎訳:鳥があちらこちらで飛んでいる。
あるいは、「鳥があちこちで飛んでいる」でもかまわないでしょう。
さて、同じことをいうのに英語と日本語とて語順が逆なるケースをいくつか挙げておきましょう。
貧富 rich and poor
南北 north and south
需要と供給 supply and demand
左右 right and left
出入り in and out
紳士淑女 ladies and gentlemen
苦楽 pleasure and pain
白黒 black and white
東西南北 north, south, east and west
飲食 eat and drink (food and drink)
行き来 come and go
前後 back and forth
新郎新婦 bride and groom
売り買い buy and sell
あちこち here and there
あれこれ this and that
濃淡 light and shade
雌雄 male and female
新旧 old and new
売買 buying and selling
遠近 near and far
寒暖 hot and cold
乾湿 wet and dry
日本語らしく訳すために、何度も訳文を読み返してみて、なんとなく不自然に感じる箇所があれば、日本語としての語順として正しいかどうかをチェックしてみましょう。
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