「俗称」の英語に気をつける
今回のレッスンでは、「俗称」の英語の訳し方を考えてみることにしましょう。
さっそく例を挙げてみますので、どう訳すか考えてみてください。
アメリカのニュージャージー州に日本人の友達とふたりで旅行したとしましょう。あなたは英語が話せますが、友達は英語が話せない人だとします。その友達がアメリカ人と話したいとき、あなたは通訳しなければなりませんね。
日本に帰るまでまだ何日か残っていて、「帰国する前に最後に観光するとしたら、どこがお勧めですか」とアメリカ人に訊いたら、次のような答えが返ってきたとします。
Why don’t you go and see the Big Apple?
さて、あなたなら、どのように通訳して友達に伝えるでしょうか。
あるいは、このような会話文が仮に書籍の中で使われていたとしたら、どのように翻訳するでしょうか。
気をつけなければならないのは、最後の the Big Apple なのですが、とりあえず、直訳してみましょう。
直訳:「ビックアップルへ行ってみたらどうだい?」
しかし、このように通訳して友達に伝えると、英語ができないあなたの友達は「ビックアップルって何?」と思うでしょう。それが美術館の名前なのか、公園の名前なのか、劇場の名前なのか、はたまた都市の名前かが分からないからです。
またあなたが「ビッグアップル」は何かを知っていなければ、そのアメリカ人に「ビッグアップルって何ですか」と英語で訊かなければならなくなります。
じつは、「the Big Apple」というのは「ニューヨーク」の俗称なのです。ですから、友達にわかりやすく通訳するとしたら、つぎのようにいってあげなければならないのです。
宮崎訳1:「ニューヨークに行ってみたらどうだい?」
これが通訳ではなく、会話を収録した書籍で、それを翻訳するとすれば、訳注をつけるという手もあります。
宮崎訳2:「ビッグアップル(訳注=ニューヨークの俗称)に行ってみたらどうだい?」
「ニューヨーク」のことを「ビッグアップル」というのは、差し詰め、「東京ドーム」のことを「ビッグエッグ」というのと似ています。野球好きな人ならだれもが「ビッグエッグ」が「東京ドーム」の俗称であることは知っているでしょうが、知らない人は知らないので、そういう人には「ビッグエッグ」が「東京ドーム」であることを教えてあげないと意味が通じません。
日本語の俗称であれば、日本人だと知っている場合が多いでしょうが、英語の俗称の場合は、それを知っている日本人はそれほど多くないと考えて訳したほうがいいかもしれません。
そのほかの俗称の例を少し挙げておきましょう。
まずは Big がつく俗称です。
Big Blue = IBM
Big Board = ニューヨーク市の株式取引所
Big Three = 三大自動車メーカー
Big Mac = マクドナルド
次に都市の俗称は以下の通りです。
Sin City = ラスベガス
The Big Easy = ニューオーリンズ
Motor City = デトロイト
The Windy City = シカゴ
Tinseltown = ハリウッド
ただ、俗称については気をつけなければならないことがあります。上記の5つの俗称はすべてアメリカの都市ですが、ロンドンもSin City の俗称で知られています。ですから英文中にSin City と出てきたら、それがアメリカかイギリスかで指している都市が異なることです。このように俗称を訳すときは吟味に吟味を重ねて間違いのないよう訳さなければなりません。
今回は「俗称」の英語の訳し方を考えてみました。知らない固有名詞が出てきた場合、そのまま訳すのではなく、もしかすると「俗称」ではないかと思えるような名前であれば、確認するようにしましょう。
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