TRANSLATION

辞書に載っていない知識をインターネットで補う

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、辞書では見つからない知識をインターネットで補うことについて触れたいと思います。

翻訳をする上で強力な味方になってくれるのがインターネットです。特に、ほとんどの日本人が知らないような時事的なことを比喩的に使った文章だと辞書で対処しようとしても対処しきれないことがありますが、そういうときに頼りになるのがインターネットです。

もちろん、インターネット上の情報は辞書や参考書などの紙媒体よりも信頼性という点で遙かに劣ることは否めないでしょう。しかしインターネット上の情報をそのまま鵜呑みにしないという点だけ気をつけておけば、役に立つこともまた多いものです。

ですから、可能であれば紙媒体で情報を探し、どうしても見つからない場合のみ、インターネットで確認をするという方法が無難といえば無難でしょう。

さて、ここで例を見てみましょう。次の英文の最後の2単語の意味が分かるでしょうか。文脈がわかるようにその前の英文の内容も紹介しておきます。

「スポーツ用品店を見て回りましょう。明るいネオンオレンジと黄緑色が使われているスポーツウエアやシューズがいかに多いかがわかることでしょう。それはどうしてでしょうか。」

これに続くのが次の英文です。

Because such colors signify “energy” - and that’s what we want when we’re running, jumping, and pumping iron.

最後の pumping iron は辞書を引いても見あたりません。意味は分からないままですが、とりあえず pumping iron を英語のまま残してラフに訳してみましょう。

ラフ翻訳:それはこれらの色が「エネルギー」を示すからです。エネルギーは、走ったり、跳んだり、pumping iron をしているときにほしいものです。

さて、ではpumping iron が何かを考えてみましょう。文脈からすれば、その前に「走ったり、跳んだり」と書かれてあるのですから、何かの運動であることが推測できます。

ではいったい何の運動でしょうか。iron は「鉄」です。一方、 pumpは「~に注入する」「吸い出す」「空気を入れる」と意味がたくさんありますが、どうもiron とは関係がなさそうです。

pump には「(ポンプの取っ手のように)上下に激しく動かす」という意味もあるため、「鉄の塊を激しく動かす」から拡大解釈すれば、「砲丸投げ」かなと思えます。訳を修正してみましょう。

修正訳1:それはこれらの色が「エネルギー」を示すからです。エネルギーは、走ったり、跳んだり、砲丸投げをしたりしているときにほしいものです。

しかし、なぜ「走ったり、跳んだり、砲丸投げをしたり」なのでしょうか。あまりにも語呂が悪いです。

「砲丸投げ」だけ語呂が悪いので、いっそのこと削ってみるのはいかがでしょうか。

削った場合、以下のような訳文になります。

修正訳2:それはこれらの色が「エネルギー」を示すからです。エネルギーは、走ったり、跳んだりしているときにほしいものです。

インターネットを使っていない人であれば、これが限界かもしれません。というのも、pumping ironについて誰かに尋ねようと思っても分かりそうな人も多くはないからです。

ところがインターネットの検索エンジンで pumping iron を検索してみると、アーノルド・シュワルツネッガー主演のボディービルのビデオに『Pumping iron』というのがあるのがわかります。

つまり、この原書の著者は「ボディービル」のことを body building としないで、しゃれたつもりで pumping iron としていたのです。

インターネットで調べると、このように辞書や辞典に載っていないことを調べられることもあります。

pumping iron を「ボディービル」として訳を修正してみましょう。

宮崎訳:それはこれらの色が「エネルギー」を示すからです。エネルギーは、走ったり、跳んだり、ボディービルをしたりするときにほしいものです。

この例から分かるとおり、インターネットは英和辞典、百科事典、情報事典などで調べても分からない英単語を調べる最後の砦ともいえる情報源としても使えるのです。紙媒体を調べ尽くしても分からなかった場合、そこで諦めてはいけません。インターネットという手を使ってみると意外にも簡単に分かることがあります。

 

拙書『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が発売中です。出版翻訳家(およびその志望者)に向けた私のメッセージが詰まった本です。参考まで手に取っていただければ幸いです。

Written by

記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

END