ぴったりの日本語訳が見つからない英単語の処理の仕方
今回のレッスンでは、ぴったりの日本語訳が見つからない英単語の処理の仕方を考えてみましょう。
英語にはあって日本語にはない物の場合、日本語に訳そうと思ってもぴったりのはまり訳がないわけですから、そのまま単語の発音に近い日本語の発音をカタカナであらわさざるを得ないこともあります。この翻訳の技巧を専門用語で borrowing といいます。
例えば、日本に初めて computer が導入されたとき、それをなんとか日本語の呼び名をつけなければならないわけですが、いちばんてっとり早く考えられるのが、computer の発音の近い日本語の発音をカタカナにして「コンピュータ」と呼んでしまうことです。
パソコン用語にやたらとカタカナ用語が多いのは、もともとパソコンが輸入されたものであり、いちいち訳語を造っている暇がなかったからと想像できます。
また、無理に訳語を造って訳しても、どれがどれに相当するのかがわかりづらいため、borrowing をしてカタカナ表記にしたほうがむしろわかりやすいという側面もあります。
また、手にとって見ることができる「モノ」でなくても、概念も日本に存在しないものであれば、カタカナ表記にする以外、しかたがない場合もあります。
では、次のケースを考えてみましょう。
ここで問題なのは、stewardshipと steward をどう訳すかです。
A stewardship is a trust. A steward is “one called to exercise responsible care over possessions entrusted to him or her.” We’re stewards over our time, our talents, our resources. We have stewardships at work, in the community, and at home.
まずは問題になっている stewardshipと steward をそのまま英語のまま残して訳してみましょう。
訳:stewardship とは責務のことであり、steward とは「与えられた役割を責任をもって行う人」のことである。私たちは、自分の時間・才能・資源にたいしてのstewardであり、職場・地域社会・家庭においてstewardshipを果たさなければならない。
では、stewardshipと steward をどう訳すか考えてみましょう。steward を英和辞典で引くと「執事」「家令」「用度係」「給仕」「ボーイ」「幹事」という用語が出てきます。
上の訳文には、ちょうどいいことに「steward とは『与えられた役割を責任をもって行う人』のことである」とstewardの定義が載せてありますので、そのstewardの定義にもっともぴったりくる訳を探せばいいのです。
しかし、残念ながらどれもしっくり来ません。こういう場合は、カタカナのまま残さざるを得ません。修正してみましょう。
宮崎訳:スチュワードシップとは責務のことであり、スチュワードとは「与えられた役割を責任をもって行う人」のことである。私たちは、自分の時間・才能・資源にたいしてのスチュワードであり、職場・地域社会・家庭においてスチュワードシップを果たさなければならない。
これでは読みにくいと思う人もいるかもしれませんが、なまじっか日本語にしてしまうと、かえって誤解を生じてしまうことになりかねません。上の例のように、原文の中にその言葉の定義が書かれてある場合はカタカナのまま残したほうが誤解が避けられます。
ここで日本語としても一般にカタカナで使われている英語を思い出してみてください。「コミュニケーション」「プロセス」「パラダイム」「アドバイス」「バランス」・・・。
よく考えてみれば、それぞれ日本語に訳そうと思えば訳せます。すなわち、「意志疎通」「過程」「模範」「助言」「均衡」です。しかしそれでもカタカナで使われていることが多いのは、無理に日本語にしてしまうとニュアンスが変わってくるからかもしれません。
今回はぴったりの日本語訳が見あたらない英単語の処理の仕方を見てきました。ぴったりの日本語訳が見あたらない場合は、そのまま英語の発音に近い日本語の発音をカタカナで表す borrowing というテクニックを使うのも一つの方法です。ただし、あまり安易にこの手を使うのではなく、あくまで最後の手段として考えるといいでしょう。
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