TRANSLATION

無生物主語の訳し方

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、無生物が主語になっている場合の訳し方を見ていきましょう。

ある翻訳書を読んでいると次のような訳文がありました。

「トラブルを処理する実習は、あなたを賢くします」

じっくり考えれば意味はわかりますが、日本語として不自然であることは否めません。というのも「トラブルを処理する実習」という無生物が主語になっているからです。日本語では主語になれるのは通常生物ですから、無生物が主語になっていると違和感を感じるものです。

では、どうすれば日本語として読みやすくなるでしょうか。

この問題はひとまず置いておいて、つぎの2つの英文をどう訳せばいいかを考えてみましょう。

(1) The electric shock killed him.
(2) The computer has solved the problem.

まず直訳してみましょう。

直訳(1)電気ショックが彼を殺した。
直訳(2)そのコンピュータがその問題を解決した。

両方とも無生物が主語になっているため日本語として不自然です。ただ、同じ不自然な日本語であっても、(1)と(2)は何かが違います。(1)は人が関与していますが、(2)は人が関与していないのです。

では、どうすれば読みやすくなるでしょうか。(1)の場合は人を主語にすれば日本語として読みやすくなります。(2)の場合は受身形に変えて無生物主語をなくした形にすれば日本語として読みやすくなります。

先の2つの英文をいったん受身形に変えてみましょう。

受身形(1)He was killed by the electric shock.
受身形(2)The problem has been solved by the computer.

(1)の場合は人が主語になり、(2)の場合は無生物主語がなくなりました。

これを日本語に訳してみましょう。

宮崎訳(1)彼は電気ショックによって亡くなった。
宮崎訳(2)その問題はそのコンピュータによって解決された。

では、冒頭の訳文を直してみましょう。「あなた」という人を表す言葉がありますから、それを主語にします。

冒頭の訳文:トラブルを処理する実習は、あなたを賢くします
修正訳:じっさいにトラブルを処理することによって、あなたは賢くなります。

この文の「あなた」は一般的な人のことを指すと考えられますので、省略してみましょう。

宮崎訳:じっさいにトラブルを処理していれば、賢くなります。

では、応用問題に移りましょう。

つぎはある人生論からの引用です。poverty が主語になっていますが、どう訳せばいいでしょうか。

Poverty handled in a positive manner is an opportunity to involve generous people in our dreams, for often the strong welcome an opportunity to help the weak.

まずは poverty を「貧困」と訳してみましょう。

直訳:肯定的な方法で取り扱われた貧困は、自分の夢に寛大な人々を参加させる機会となる。なぜなら強い人は、しばしば弱い人を助ける機会を歓迎するからである。

poverty という単語にはネガティブなニュアンスがあります。しかしこの文章は「povertyであっても、~すれば、~という機会になる」というポジティブなメッセージになっています。

より読みやすくするために「貧困」を別の表現にしてみましょう。

国語辞典を引いてみると、「貧困」には「貧しくて生活が苦しいこと」という意味と「欠けていること」という意味があることがわかりました。ここでは「欠けていること」という意味で使われていますので、ここでは「自分に欠けているところ」と修正してみましょう。

また、「機会を歓迎する」もかみ砕いた訳にしましょう。ここでは「~したがる」と訳してみましょう。

宮崎訳:自分に欠けているところがあっても、それに対して肯定的な態度で取り組んでいれば、寛大な人たちが自分の夢を実現する手助けをしてくれるようになる。というのも往々にして強い人は弱い人を助けたがるものだからだ。

無生物が主語になっている英文はそのまま直訳すると日本語として不自然になることがあります。その場合は、人(または生物)が主語になるように文を変えたり、元の文を受け身形に変えたりして訳文が日本語として読みやすくなるよう工夫しましょう。

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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