TRANSLATION

「呼びかけの言葉」をどう処理するか

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、「呼びかけの言葉」をどう処理するかを見ていきましょう。

英語には「呼びかけの言葉」がたくさんあります。きっとみなさんも英語圏の映画などで darling とか sweetie などの言葉を耳にしたことがあることでしょう。この「呼びかけの言葉」は小説の中で使われる会話にも頻繁に出てきます。

早速、例を見てみましょう。

Never mind what they all say, my dear.

ここで問題になるのは my dear の訳し方です。dear は「いとしい人」という意味がありますので、直訳してみましょう。

直訳:彼らみんなが言っていることなど気にするなよ、私のいとしい人よ。

しかし日本語で「いとしい人」という言葉を使うことはまずありません。

この場合、my dear は特別な意味があって言っているというより、深い意味はなく、相手の注意を引くために言っているという解釈もできますので、それと同じ機能をもつ日本語に訳すのも一つの手です。

例えば、日本語では相手の注意に引くために「なあ」「おい」「ねえ」「ちょっと」などと言うことがあります。ここでは「なあ」に修正してみましょう。

修正訳:彼らみんなが言っていることなど気にするなよ、なあ。

「なあ」を使う場合、最初に持ってきてもいいかもしれません。再度修正してみましょう。

宮崎訳:なあ、彼らみんなが言っていることなど気にするなよ。

次の例を見てみましょう。

Show your ticket, child!

まずは直訳から見てみましょう。

直訳:切符を見せなさい、子供!

これも前の例と同じで、日本語では「子供」と呼びかけることはありません。ただし、childと言っている場合は、明らかに上下関係があるので、「ねえ」とか「おい」と訳すよりは、上下関係がわかるような訳し方をするといいでしょう。

例えば、「そこのボク」とか「そこのおじょうちゃん」とか「そこの女の子」などと訳すと日本語としても自然な感じがします。ここではその子供が男の子であることが分かると仮定して「ボク」に修正してみましょう。

修正訳:切符を見せなさい、ボク。

これも先の例と同様、「ボク」を最初にもってきましょう。

宮崎訳:ボク、切符を見せなさい。

ここでは男の子だと仮定しましたので「ボク」にしましたが、女の子の場合だと「おじょうちゃん」とか「そこの女の子」などと訳すといいでしょう。

このように呼びかけの言葉は、注意を引くだけに使われたものであれば、「おい」「ねえ」「ちょっと」などの注意を引くための日本語を使って訳し、注意を引くだけではなく、人間関係も示されたものであれば、「ボク」「おじょうちゃん」「お姉さん」「若造」など人間関係が分かる日本語を使って訳すといいでしょう。

さて、英語にはこのほかにもたくさん「呼びかけの言葉」があります。

例を挙げておきましょう。

1 見た目に美しいもの petal, blossom, flower, sweet pea
2 甘いもの sweetie, honey, sugarpie, honey bunch
3 かわいい動物 duck, pet, chicken, chick, hen
4 赤ちゃん baby, babe
5 果物  me old cooker, me old fruit
6 恋人 dear, darling, sweetheart, my lover
7 友人 mate, pal
8 愛情を表すもの cuddles, love

私はイギリス留学中に35人のイギリス人に、どのような「呼びかけの言葉」を使うかアンケートを取ったことがあります。その結果、頻度の多い順に1位から10位まであげると次のようになります( ただしアンケートは私の留学先であるシェフィールドで行ったものであり、地域により差はあるようです。例えば、duckはシェフィールド周辺でしか使われていないという話も聞きました)。

love, dear, darling, duck, sweetie, angel, babe, honey, pet, petal

さて、これらの「呼びかけの言葉」は小説でも出てきますが、「呼びかけの言葉」であることを知らずに直訳してしまうと、訳文自体がおかしくなりますので「呼びかけの言葉」であることを知っておくといいでしょう。

拙書『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が発売中です。出版翻訳家(およびその志望者)に向けた私のメッセージが詰まった本です。参考まで手に取っていただければ幸いです。

Written by

記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

END