TRANSLATION

直訳しないほうがよい単語の訳し方

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、直訳しないほうがよい単語の訳し方を検討してみましょう。

英語では、「数えられない名詞」の前に何かがつくことがあります。

物質名詞の場合、a sheet of paper(紙1枚)、a cup of coffee(コーヒー1杯)、a foot of copper wire(銅線1フィート)など量をあらわす a ~ of ・・・、two ~ of ・・・等がついていれば、それをそのまま日本語に直訳して問題はありません。

では、次の場合はどう訳したらいいでしょうか。

Do you have any water?
Yes, I have some.

直訳:「水、いくらかあるかい?」
「うん、いくらかあるよ」

日本語では「水」を指して「いくらかの」とは言いません。このような場合はむしろ省略するのが自然でしょう。省略してみましょう。

宮崎訳:「水、あるいかい?」
「うん、あるよ」

これで十分通じますし、日本語として自然になりました。

では、抽象名詞の場合はどうでしょうか。

a piece of music, a piece of advice, a piece of information, a piece of news, an item of news, a piece of wisdom・・・

a piece of musicは「1曲」と訳せますが、そのほかはどうでしょうか。

ある翻訳書を読んでいると、「実際的な知恵のひとかけら」という訳がありました。これはa piece of practical wisdom をそのまま直訳したものと思われますが、日本語で「知恵のひとかけら」とはあまり言いません。

日本語で「知恵」が使われる表現を思い出してみましょう。「お知恵を拝借できないでしょうか」という表現はよく使われますが、「お知恵」に「ひとかけら」が付く表現はなかなか思い出せません。こういう場合、どうしてもa piece of のニュアンスを訳出したい場合は「ひとかけら」と訳すのではなく、「少し」とか「少々」と訳す手もあります。どう訳すのが最も適しているかは文脈から判断しましょう。ポイントは日本語として自然に読めることにすることです。

次の例を見てみましょう。

英語の形容詞にnessがついた英単語はなかなか訳しにくいものです。たとえば goodness は good の名詞形ですが、「よいこと」と訳すとしっくりこない場合が多いでしょう。かといって英和辞典に載っている訳語である「徳」「善性」「優しさ」などを使ってもやはりしっくりこないことが多いでしょう。

このような場合、原著者の意図を汲み取って、それを日本語として表現するように心がけましょう。

実際に使われている例を見てみましょう。次は『Creative Visualizaion』からの引用です。人生には3つのレベルがあると説明されていますが、その3つのレベルとはどのようなものか考えてみながら訳を考えてみてください。

We can think of life as containing three levels. and we can call those levels beingness, doingness and havingness.

ここで問題となるが beingness と doingness と havingness です。さあ、あなたはどう訳しますか。これらに相当する日本語はないので、カタカナで表記してみるのはどうでしょうか。

直訳:人生には3つのレベルがあります。それはビーイングネス、ドーイングネス、ハビングネスです。

英語が得意な人であれば、その原型が何かが分かるので、この訳文でも原著者の意図がくみ取れるかもしれません。しかし英語が得意でない読者の場合、理解に苦しむことでしょう。

こういう場合、どういう工夫ができるでしょうか。最初の文に注目してみましょう。原著者は「人生には3つのレベルがあります」と言っています。つまり、beingness も doingness も havingness も「レベル」のことであることがわかります。そこでnessを「レベル」と訳してみることにしましょう。

beingを「存在」、doingを「行為」、havingを「所有」と訳し、それに「レベル」をつければ、次のような訳になります。

宮崎訳:「人生には3つのレベルがあります。それは存在のレベル、行動のレベル、所有のレベルです」

この例では nessを「レベル」と訳しましたが、どう訳すと読みやすい日本語になるかは文脈で変わってくることでしょう。

最後にもう一つ例を見てみましょう。時間管理額の本のある章に次のようなサブタイトルがついていました。

Balance isn’t eihter/or; it’s and.

either/orは「どちらかひとつ」という意味です。andは「および」という意味です。あなたならこの文をどう訳すでしょうか。

直訳:バランスとは「どちらかひとつ」ではない。それは「および」である。

元の英文を読んだ後でこの訳文を読めば、なんとなく意味は分かるでしょうが、訳文だけ読んだ人は意味が分からないでしょう。では、どう訳せばいいでしょうか。

このような場合は、原文に戻って原著者が言いたいことを汲み取ります。すると仕事と家庭とどちらかひとつを取ることがバランスではなく、仕事も家庭も両立するのがバランスだといっていることが分かりました。「および」の箇所を変えてみましょう。

宮崎訳:バランスとは「どちらかひとつ」ではなく、「トータルされたもののすべて」である。

今回のポイントをおさらいしましょう。

○単語をそのまま直訳すると日本語として不自然になったり分かりづらくなったりすることがある。その場合は元の単語にこだわらず、原著者の意図を汲み取って日本語として自然に読める表現にする。

次回も実例を挙げて検討していきます。

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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