第320回 マーケットインとプロダクトアウト
ある作家さんが、最近の出版業界について話しているのを耳にしました。『変な家』が大ヒット作となったこともあり、ホラー小説ブームが続いています。そこで、ホラーを書ける作家が求められるようになったそうです。作家には「独創的な作品を世に問う」というプロダクトアウトのイメージが強いのではないかと思いますが、現在では市場のニーズや読者の希望に沿って作品を提供するマーケットインが重視されるようになってきているとのこと。
ホラー小説の作家さんの名前を見ても、「雨穴」「背筋」など、いわばアノニマスになっていて、作家がサービス提供者に変質してきたことが語られていました。そして、このマーケットインの傾向は今後も加速していくだろうという見通しでした。
もちろん、純文学のようにプロダクトアウトの分野もありますが、市場規模としてはやはり限られ、全体の傾向としてはマーケットインになっていくとのこと。聞いていると寂しくなる内容でしたが、わかりやすく出版業界の現状を説明してくれていると感じました。
マーケットインに抵抗のない方であれば、ニーズのあるところを探って書いていけばいいのでしょうが、プロダクトアウトを志向する方にとっては、つらい状況だと思います。どうやって折り合いをつけるのかが問われることになるでしょう。
これは翻訳にも応用できる話だと思います。翻訳の場合は原書がありますので、マーケットインに抵抗のない方には、出版業界の傾向を見て、売れ筋の作品を探すという、選書の段階での話になるでしょう。ただ、出版業界の傾向がそのまま翻訳書に当てはまるとは限りません。たとえばホラー小説ブームだからといって、海外のホラー小説をそのまま持ってくれば企画が通るわけではありません。
それでも、細かい要素を分析すれば、海外のホラー小説にも可能性があるかもしれません。今受け容れられているホラーは、ネット怪談から派生したものが多く、つくり込まれた世界観や緻密な設計があるものよりも、「よくわからないけれど、なんとなく怖い」という、素人っぽさのあるものです。そういう要素を兼ね備えた作品で、なおかつ日本の書き手では出せないテイストがあれば、面白いと思ってもらえるでしょう。
だけど、「この原書をどうしても読者に届けたい」という場合は、プロダクトアウトに近いと思います。その本がたまたま日本でも流行のジャンルであればいいのですが、そういうことは稀でしょう。流行のジャンルではなくても、たとえばミステリなど固定ファンがいたり、ニッチでも手堅いニーズがあったりすれば、刊行することもできるでしょう。だけどそうではない場合、どうやってマーケットインの部分を取り込んでいくかを考える必要が出てきます。
原書の内容を変えられるわけではありませんから、その原書をどういう文脈に位置付けることができるかによって、持ち込みがうまくいくかどうかが決まってくるでしょう。詳しくは「第28回 裏技~文脈をつくる」、「第197回 どうやって文脈をつくればいいの?」、「第201回 文脈を変えてみる」で解説していますので、それぞれの記事をぜひご参照ください。
マーケットインが強まる時代の潮流ともうまく折り合いをつけながら、「これは」と思う原書を世に出していきたいですね。
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