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第316回 持ち込んで、持ち込んで、持ち込んで……

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

企画の持ち込みをしていると、あきらめそうになることがありますよね。何社もお断りが続いてしまうと、精神的にもつらくなってきますし、モチベーションを保つのが難しいものです。

この連載でも度々お伝えしているように、いつ企画が通るかは本当にわからないものです。最初にアプローチした出版社で、すんなり通ることもあれば、10数社目でようやく……ということもあります。いい企画だからすぐに通るわけでもなく、とても魅力的な企画なのになかなか通らない、というケースも多々あるものです。

かくいう私も、以前から持ち込みを続けている作品はすでに16社にお断りをされています。最初は「10社目までには何とか決めたい」と思っていましたが、今は「20社目までには……」と思っています。最近になって、自分が本書にこだわっている理由も見えてきた気がするので、またアプローチを変えて臨めるのではと考えているところです。

「だから、あなたも20社くらいは続けなさい!」とか「100社まであきらめちゃダメ!」などとスパルタなことを説くつもりはありませんし、あきらめるのが悪いことだとも思いません。ただ、お断りを深刻に捉えるあまりに、大きなダメージを受けてしまう方も多いですよね。そのせいで2、3社くらいであきらめてしまうのは、あまりにもったいないと思うのです。

そんな方に、ぜひ知っておいてほしい「破天荒な売り込み大作戦」のエピソードがあります。以前にこの連載の中でインタビューをさせていただいた宮崎伸治さんの新刊『出版中止!』に登場するエピソードです。

宮崎さんは、とある“作家になるための指南書”に「原稿を何度も持ち込んで熱意を買ってもらえ」という趣旨のことが書かれていたのを目にします。本書を刊行しているA出版なら「原稿を何度も持ち込んでも受け入れる出版社」であるはずだと解釈し、売り込みをかけることにします。著訳書用の企画書とサンプル原稿を合わせて7~8本持っていたので、それを1回に1本、持参することにしたのです。

“A出版に到着し、ベルを鳴らすと、中年男性が出てきた。私は原稿を差し出しながら、こう売り込んだ。
「初めまして。私、宮崎と申しますが、原稿をお持ちしたので、よろしければお読みいただけないでしょうか」
「はい、じゃあ、預かります。何かあればこちらから連絡します」
時間にして約20秒。ただ、原稿はしっかりと渡した。よしよしこれでいいのだ。
その3~4日後にまたA出版を訪ね、同じ要領で原稿を渡した。私はそれを何度も繰り返した。3回、4回、5回、6回、7回……。
円広志の「夢想花」(YouTubeでも見ることができるぞ!)の歌詞の中に「とんで、とんで、とんで、とんで、とんで、とんで、とんで……」という箇所があるが、私はそれに負けないくらいの勢いで「売り込んで、売り込んで、売り込んで、売り込んで、売り込んで……」をやった。
8回目に原稿を持参したとき、例の中年男性がめんどくさそうにこう宣った。
「あなた、いったい何回来るんだよ。皆勤賞だな、こりゃ~。そんなに何日かおきに来なくても、1回にまとめて出してくれればいいのに。波状攻撃かよ」”

そこで宮崎さんが例の本に言及して、その通りに実践していることをお伝えすると、実はその本はA出版の社長がペンネームで出した本だったことがわかりました。そこで初めて、この男性が預かっていた原稿に目を通してくれることになり、社長にも伝えてくれることになりました。

近いうちに連絡をくれると言われたものの、数週間が経っても連絡がありません。あきらめかけていたところにA出版から電話があり、翻訳書の企画が通ったとのお知らせが! 「破天荒な売り込み大作戦」が見事に成功したのです。

「そんなパワフルなやり方は、自分にはとても無理」と思うかもしれません。がんばり方は人それぞれですので、真似する必要はありませんが、こういう事例を知っておくだけでも、取り組み方が変わってくると思うのです。知らなければ、2、3社に持ち込んで、お断りを受けてあきらめてしまっていたかもしれません。だけど知っていると、まだそこから「持ち込んで、持ち込んで、持ち込んで……」と続けていけるのではないでしょうか。

『出版中止!』には、残暑見舞いを活用した未払い印税催促法(!)やリーディング料のことなど、読者のご参考になる内容も多く登場しています。ぜひ読んでみてください。

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※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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