第315回 個人的な動機も立派な理由
前回、コンサルティングをさせていただいた方の企画のひとつをご紹介しました。もうひとつの企画は、親子の絆をテーマにした絵本でした。
この絵本について、「個人的に好きな本だけれども、特に何か賞を受賞しているわけではないし、出版社の目には留まらないのではないか」と心配しておられました。
絵柄も物語も素敵な作品ですが、どうしてこの絵本を選ばれたのかを不思議に思っていたこともあり、好きな理由を伺ってみました。すると、この絵本で描かれている国に行ったことがあり、現地に友人もいらっしゃるとのこと。現地の情勢が悪化して友人も困っていて、支援をしてほしいと言われているものの、現実的に難しい状況です。何か自分にできることはないかと模索する中で、翻訳を通して現地のことを知ってもらう機会をつくれるのではないかと気づいたそうです。
これはとても強い動機ですし、そういう気持ちがあれば、取り組み方もかなり変わってくるでしょう。「いい本だから出せたらいいな」というのとは気合の入り方が違うと思うのです。出版までには何回かお断りのプロセスを経ることも多いですが、そんな時に支えになってくれるのが、「何としてもこの本を出したい」という思いではないでしょうか。
私もお話を伺っていて、「それはぜひ出してほしい」と思って前のめりになりましたが、これは編集者さんも同じだと思います。翻訳家のほうに強い思い入れがあると、「それなら何とかできないかな」と気持ちが動くものです。
企画書には、この個人的な思いは盛り込まれていませんでした。個人的なことだからと思って言及しなかったのでしょうが、とてももったいないことです。どうして本書を出版するべきなのかをアピールする際には、個人的な動機も十分に説得力のある理由になりますので、ぜひ盛り込むようにしましょう。
この方は、現地に関わるNGOの方とも面識があるご様子でしたので、そちらにコンタクトしてみることもお勧めしました。NGOで出版も手がけているようなら、そこから出版するという選択肢もあります。たとえ事業として出版は手がけていなくても、自分たちの活動を知ってもらうために、出版を経験しているかもしれません。それならきっと伝手があるでしょう。
本書で描かれている親子の絆に関しても、実際に親として読んだうえでの感想を伺いました。母親が子どもにすごく介入するわけではなく、ただずっと見守っているスタンスが、親として共感するし、親にも響くメッセージだと感じたそうです。これも大切なポイントだと思います。主な読者である子どもだけでなく、読み聞かせを想定して、読み聞かせる親にとっても響く絵本であれば、親も想定読者として考えていくことができるからです。そんな一読者としての実感も、企画書に盛り込んでいきましょう。
※3月14日(金)の東京新聞夕刊「金曜訪問」欄にインタビュー記事が掲載されます。ご覧いただけたらうれしいです。
※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。
※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。