TRANSLATION

第314回 絵本翻訳の注意点と自信の根拠

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

先日、絵本の持ち込み企画についてコンサルティングをさせていただきました。その際に企画書と試訳を拝見してお伝えしたフィードバックは、読者の多くにも当てはまるように思いましたので、今回はその内容をお届けします。

2冊の絵本のうち、1冊は心理学にも関係する内容でした。この方は絵本の出版社の中から持ち込み先を探しておられましたが、こういう絵本の場合、同じ心理系の内容を大人向けに出している出版社も持ち込み先候補になります。また、ビジネス書でも割と長いスパンで流行っているテーマなので、ビジネス書の出版社も候補になります。絵本のラインナップがあるかどうかを確認してみましょう。

試訳を拝見すると、雰囲気があってリズムもいいのですが、気になった箇所が大きくふたつありました。そのひとつが、原文とのズレです。たとえば、原文にある形容詞を省いてしまっている部分がありました。理由を伺うと、訳文が長すぎるので省いたとのこと。

編集者さんとの話し合いを重ねた結果、最終的に省略して対応することはあるかもしれません。でも、最初にお送りする時点で抜けていると、単なる見落としやミスと受け取られかねませんし、評価が下がってしまうかもしれません。きちんと原文に忠実に訳すようにしましょう。

考え抜いたうえで省略することを選び、その対応が正解だと伝わるような、完成度の高い翻訳を用意できるのであれば話は別です。だけど、それはなかなかハードルが高いことでしょう。自分なりに挑戦してみたい場合には、そうやって練り上げたバージョンと、原文に忠実なバージョンとを用意して、両方お送りすることも考えられます。

原文とのズレに関して、原文にはない「!」を訳文にはつけているところがありました。日本語の文章だけ見たら、確かにつけたくなるのもわかりますし、そういう処理の仕方もあると思います。ただ、原書では次のページで初めて「!」が出てきます。ここで初めて出るからこそ強調されるのに、その直前の文章で「!」をつけてしまうと、強弱がつかず、インパクトが薄れてしまいます。そういう対比も考えておく必要があるでしょう。

気になった箇所のもうひとつは、構成が把握できていないことです。上述の「!」の話も、どこで何を強調するかという、この構成にも関係しますね。他にも、原文では同じ言葉を2回繰り返しているのに、訳文では1回目と2回目で別の言葉になっているところがありました。同じ言葉を使っているのは、「最初に主張したものの、それが理解してもらえないので、もう一度強調する」という意味合いだったのですが、言葉を変えてしまうと、この意図が伝わりづらくなってしまいます。

また、本書の主人公の特徴は、周囲の人たちにはなかなか理解してもらえませんが、母親だけは理解して、主人公の良さを活かしたことを勧めてくれています。ただ、訳文ではそこが表現されていませんでした。周囲の無理解と母親の理解という対比や、理解者がいることによって得られるカタルシスが描かれているところなので、これを示しておくことが大切です。このように、絵本の場合は構成をしっかりつかんで、翻訳の中で表現するようにしましょう。

この方からは、「自分の翻訳がこれでいいのか、なかなか自信が持てない」というお話がありました。この方の場合は、なんとなく雰囲気でふわっと訳してしまっている部分があるので、根拠をはっきりさせることが大切なのではと感じました。「どうしてこの箇所を自分はこう訳したのか」という根拠があれば、人から「これ、おかしくない?」と言われても、「私はこうこう、こういうふうに考えて、この訳語を選んだ」と説明できるので、自信が持てると思うのです。雰囲気で訳してしまっているところを、厳密に一つひとつ考えていくようにすると、変わっていくはずです。

もし自分の訳語を見ていて、「これは、なんとかなくしっくりこないな」という箇所があったら、どうしてしっくりこないのかを立ち止まって考えてみることです。リズムが悪いのか、それともその言葉が他の言葉から浮いてしまってなじまないのか、などと原因を洗い出して考えていくようにしましょう。地味で面倒な作業ですが、その積み重ねで、自信が持てるようになっていきますよ。

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※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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