第307回 世界情勢の影響を受けてしまったら?
企画が世界情勢の影響を受けてしまう場合があります。主にノンフィクションの場合ですが、小説などのフィクションの場合でもあり得ることです。戦争や紛争が起きて、特定の国が国際的に非難を浴びているような状況だと、その国の長所を取り上げた肯定的な内容の本や、その国の被害者としての側面に焦点を当てた本は出しにくくなってしまいます。出版社のほうで、これを今出しても売れないと判断するからです。
たとえば、今であれば、ロシアやイスラエルに関連する企画がこの状況に当てはまるでしょう。ロシア文学の素晴らしさを説く本や、ホロコーストの問題を考える本などは、なかなか企画が通りづらいと思います。
かくいう私も、拙著『心と体がラクになる読書セラピー』では、イスラエルで読書セラピーが積極的に活用されていることを冒頭でお伝えしています。当時はコロナ禍で、イスラエルの迅速な対応が注目を集めていたので言及しましたが、現在書くとしたら、どのように言及するか、正直なところ悩んでしまいます。
企画が世界情勢の影響を受けてしまった場合のアプローチには、3つあります。第1のアプローチはいわば正攻法で、「世界情勢の変化が生じる前にやって来た持ち込みのやり方をそのまま続ける」というものです。そういう作品をそのタイミングでは取り扱わないという出版社の全体的な傾向はありますが、そんな中でも作品自体の本質的な評価をして、世に出すべきだと判断する出版社はあるからです。
考えてみれば、世界情勢が変わったからといって、ロシア文学に素晴らしい作品があることにも、ホロコーストの問題を考える意義があることにも、変わりはないはず。だから、本質的なところを問う姿勢で臨む出版社を探せばいいのです。また、中にはいわば逆張りをして、他社が今出さないからこそ、自社で出そうというところもあるかもしれません。
第2のアプローチは、「次元を引き上げる」というものです。どういうことかと言うと、特定の地域での紛争や戦争を扱っていたとしたら、その地域のことではなく、紛争や戦争という大きいテーマで作品を打ち出していくのです。ロシア文学ではなく「文学」、ホロコーストの問題ではなく「戦争」や「人間の負の側面」として打ち出していきます。そうすることで、特定の国のこととしてはタイミング的に出しにくくても、出せるような状況を考えていくことができます。
その場合、企画書の書き方も変わってきます。大きなテーマを前面に出すだけでなく、類書の比較においても、大きなテーマでの類書に変更し、その類書との差別化を図っていく必要があります。
こうして次元を引き上げて大きいテーマを探すことは、企画書をつくる際のトレーニングにもなると思います。身近なことでも、たとえば最近人気のお菓子を食べる機会があったら、「スイーツ業界のトレンド」「Z世代の嗜好」などのテーマを考えることができます。電車の中で女性にわざとぶつかる中年男性を見かけたら、「フェミニズム」や「中高年男性の孤独」といったテーマが考えられるかもしれません。あるいは、メッセージのやり取りで「マルハラ」について考えた時に、「日本語の変遷」や「言語における句読点の意義」というテーマを浮かび上がらせることもできます。企画も、身近な例と抽象的なテーマと両方を備えていると説得力が増すので、普段からそうやって鍛えてみてくださいね。
第3のアプローチは、「しばらく放置する」というものです。今後の世界情勢を見つつ、風向きが変わって出しやすい環境が整うのを待つのです。逆風よりも追い風を受けたほうがラクに進めますから、その時まで寝かせておくのもいいでしょう。ただ、複数の企画を動かしている方であれば、その間に他の企画を進めればいいのですが、「この1冊だけ」という場合は、待ってばかりもいられないですよね。また、その期間に、本によっては内容が陳腐化してしまうこともあるでしょう。そういう場合は、第1、第2のアプローチで引き続きがんばっていきましょう。
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