第301回 4年越しの企画がついに実現!⑨
最近は出版翻訳家デビューサポート企画の参加者のレポートをお届けすることが多かったのですが、今回は、久しぶりに私の企画のその後の進捗状況をお伝えします。
どうしても日本の読者に届けたい認知症ケアの本があるものの、研究書の翻訳書を出してくれる出版社を見つけるのはなかなか難しく、長い間苦戦していました。たどり着いたのは、「介護情報誌で連載をすることで本書について知ってもらい、読者をつくったうえで翻訳書を出版する」という新しい試みでした。
研究書の中でも事例の部分は読みやすいので、事例紹介を中心に構成し、「事例で学ぶ認知症と性とウェルビーイング」というタイトルで連載することにしたのです。
その連載も無事に回を重ね、現在第8回の掲載号が発売されています。まもなく原書に掲載されている事例をひと通り紹介し終えることになります。そこで、いよいよ書籍化に向けて、編集者さんとの初回の打ち合わせがありました。
私の場合は「装幀を考えたくて本を出しているのでは?」と思うほど、装幀のイメージから出発して進めることが大半なのですが、今回に限っては装幀のイメージがありませんでした。それはつまり、本としての方向性がまだ見えていないということでしょう。
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』の時には、『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』のシリーズとして認識してもらえる装幀にするところから考えていきました。
今回の本も、事例が多く登場することや、パーソンセンタードケアについての本であることから、同様のシリーズとしてつくることも考えられます。ただ、そのつくり方では、かえって研究者には届きづらくなってしまうという懸念があります。
認知症と性というテーマは、実は、研究者には以前から取り上げられています。これまでは、たとえば著作の一部で言及されるなど、注目されているテーマの割に、本格的な研究書がなかったのです。そのことを考えると、研究書らしいつくりにして、まずは研究者にアピールし、そこで高い評価を得ることで一般読者に訴求するほうが、多くの読者を獲得できるのではないかと思いました。
その場合、翻訳もあまり噛み砕かずに、研究書を普段読みなれている方にとって違和感がないようにしたほうがいいだろうと考えました。連載を掲載している介護情報誌の読者なら、研究書でも読みこなせるだろうという想定です。
ところが、編集者さんの意見は違いました。今回の本では、これまでご一緒してきた編集者さんだけではなく、連載の担当編集者さんもついてくださっています。その方が、それでは読むのが難しいというのです。概念的な部分や英語的な発想が多いため、「これはどういうことだろう?」と止まってしまい、前に戻って考え込んでしまうそうなのです。
研究書は読みなれていないそうですが、編集者さんなので、当然ながら多くの本に触れてきているはず。それでも難しいとなると、一般の読者にはすごく難解な本になってしまいます。読んでもらえなくては始まらないので、もっと噛み砕いていくことにしました。
とはいえ、一般書であればわかりやすくするために「要はこういうこと」と思い切った意訳もできますが、研究書の場合、あまり意訳をしてしまうと正確性を損ないかねません。そのあたりのせめぎあいが難しいところです……。
きちんと研究書として成立しているけれども、一般の読者にも読みやすい。そんな「研究書の限界を探る」ということで、目指す方向がまとまりました。
翻訳はほぼ一冊分終えていたので、あとは見直して残りの部分を訳せばいいと思っていたのですが、こうなると、かなり大きく手を入れるため、全部訳し直すようなものですね。大変ではありますが、多くの方に届く本にできるように、なんとかがんばります……! また追ってレポートしていきますね。
※連載第300回達成記念特別コンサルティングのご応募受付中です!
※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。
※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。