TRANSLATION

第283回 自分の専門分野の翻訳書を出すには?

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回は、コンサルティングをさせていただいた方の事例をご紹介します。たいていの場合、コンサルティングを希望される方は、翻訳に関するお仕事をされています。ビジネス翻訳などをされていて、その経験を基に出版にチャレンジしたいというケースが多いのです。

けれども、今回の方は、そうではありません。この方はアメリカの大学院を卒業されて、現在は人材育成に関するお仕事されています。専門分野のネットワークで交流をしていた際に、新しい考え方を日本に紹介することが大切だと先輩に言われたそうです。そのために出版翻訳をしてみてはどうか、と……。

先輩のアドバイスを受け、まずは本探しから始めました。これはと思う本を見つけ、訳し始めたのが2022年のことでした。その際、どうすれば本を出せるかがわからなかったので、いろいろと調べる中で拙著『翻訳家になるための7つのステップ』を見つけて読んでくださったそうです。その後、お仕事が忙しくなってしばらく中断していましたが、今年に入って翻訳を再開しました。また、当時はなかったコンサルティングのサービスができたことで、申し込んでくださったのでした。

このようにご自分の専門分野の業績のひとつとして翻訳書を出版したいというケースはあると思います。その場合でも、基本的なプロセスは、これまでお伝えしてきたことと変わりません。

企画書を拝見すると、原書は複数の著者による共同執筆で、その内のひとりは日本でもかなり評判になった本の執筆者でした。そのことを考えると、一般向けのビジネス書として刊行できるかもしれないと思ったのですが、試訳を拝見すると、かなり専門書の色彩が強いものでした。一般向けに噛み砕いて伝える本ではなく、論文集という感じなのです。広く読まれることを狙って無理に一般書として出すよりも、人材育成に関心のある方に向けた専門書として出すほうがいいように思われました。

出版社に心当たりはないとのことでしたが、普段からこのような人材育成に関する専門書を読んでおられるそうなので、その出版社を候補に考えるようにご提案しました。

また、この方のお勤め先では、他の部署で出版に関するお仕事もされています。そういう社内の方から情報をもらって、出版社への伝手をつくることや、場合によってはこの会社の仕事としてやることもご提案しました。会社の仕事となると手続き上難しいため、今のところは個人としてやろうと思っているとのことですが、もしかしたら会社の名前でやるほうがスムーズに進むかもしれません。活用できるものは活用するスタンスをおすすめします。

こういう論文集のような本の場合、複数で分担して翻訳することもありますが、この方は共訳は望んでおらず、ご自身ですべて翻訳したいというお話でした。その場合、出版社としては「翻訳にどれくらい時間がかかるのか」が心配になるところです。原書の出版社との契約で、「この時期まで(たいていは2年以内)に刊行します」と約束することになるからです。そのため、先方の不安を払拭できるように、ある程度翻訳を進めておくようにお伝えしました。

翻訳のスピードアップのために、DeepLの活用もご提案しました。現在は翻訳のチェックにDeepLを活用されているそうですが、小説などの場合と違い、論文のようなものはDeepLが比較的得意な分野だと思います。下訳代わりに使って、それに手を入れていくほうが早くできるかもしれません。

自分の専門分野であれば、専門性という点では出版社からも安心感を持っていただけるものです。逆に不安を持たれがちな翻訳のスピードやクオリティの面で、不安を払拭していくことを考えて進めていくといいでしょう。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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