第278回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート55
出版翻訳家デビューサポート企画第2期生のレポートをお届けします。今回ご紹介するのは、アメリカ在住のEさんです。
Eさんが選んだ原書は小説で、純文学の作品です。純文学と言っても、前衛的なものや実験的で読み手を選ぶものではなく、文学の美しさを感じさせてくれる作品です。
Eさんはすでに著者の方とやり取りをされていて、翻訳を任せていただけることになっています。著者と一緒に日本での出版元を探すことに、アメリカ側の出版社も同意してくれているということです。Eさんがアメリカ在住のため、日本の出版社とのつながりをつくるきっかけがなく困っていたそうで、今回応募してくださいました。
まずは企画書と試訳をお送りいただきました。試訳は3章分、実際の本のフォーマットに合わせて80ページ以上用意されていました。この分量だと読むのが億劫になりそうなところですが、翻訳の文章の美しさや、作品の空気感の魅力で、すんなり読み進めることができました。読んでいて心地よく、随所に魅力的な表現もちりばめられていて、「よい読書体験をさせていただいたなあ」という思いになりました。
私の好きな川端康成の作品にも通じる雰囲気があると思ったら、著者の方もサイデンステッカー訳の『雪国』を読んで意識されていたそうです。どうりで作品が静謐な空気をまとっているわけだ、と納得しました。
拝見したうえで、EさんとZOOMでお話をしてフィードバックをさせていただきました。文章や世界観の点では試訳のクオリティは素晴らしいものの、細かいところで気になることがありました。
たとえば、視点が統一されていないところです。作品自体は主人公の男性の視点で書かれているのですが、他者の視点が混在している箇所が見受けられました。「夫」と「義母」という表現が登場するのですが、「夫」は主人公にとっての義父を指しているので、本来であれば「義父」とするべきです。そこを、義母の視点で「夫」と書いてしまっているのです。他にも同様に、義母の視点と主人公の視点が混在しているために、読者に混乱を招いてしまうところがありました。小説によっては視点が目まぐるしく入れ替わるものもありますが、この小説はそういう作品ではないので、視点を統一していただくようにお伝えしました。
他に気になったのは、「感謝しかない」という表現です。この表現は数年前から使われることが増えたように思います。この作品には昭和初期の頃のような時代の空気感があるので、その空気感とこの表現がうまく響き合わないように感じました。時代設定は現代なのですが、空気感が昭和初期なので、そこにいきなり今どきの人が出てきたような違和感を覚えるのです。この点についても再考をお願いしました。
企画書のほうで気になったのは、著者プロフィールの部分です。もう少し著者についての情報が欲しいと思いました。受賞歴に関しても、各種の賞のファイナリストとして残っている作品があるのですが、どのような賞なのか、日本で言えばどの文学賞に該当するのか、説明できるようにしておきたいところです。
日本の小説で空気感が似ている作家の名前を挙げられるようにしておくのもいいでしょう。イメージが伝わりやすいですし、どういう読者層にアプローチできるか見えてくるからです。また、その作家に帯や解説をお願いするなどの形で応援していただくこともできるかもしれません。
Eさんには、フィードバックを受けて必要な修正をしていただき、進めてもらうことになりました。翻訳のクオリティや企画書の完成度はもう持ち込みを開始できる状態になっているので、合いそうな出版社の名前をいくつか挙げさせていただきました。そのうえで、著者と相談してどこを希望するかを判断してもらい、そちらに持ち込むことになりました。
また追ってご報告していきますね!
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