第252回 出版翻訳家デビュー記念インタビュー~よしとみあやさん 前編
出版翻訳家デビューサポート企画から見事にデビューを果たされたAさんことよしとみあやさん。よしとみさんが企画を持ち込んだ『わたしは あなたは~ベアトリーチェがアジザの、アジザがベアトリーチェの伝記を書く話』が12月15日に発売されることになりました。今回の連載では、デビュー記念インタビューをお届けします。持ち込みで大変だったことや、企画が通らなかった時期と今とで何が変わったのかなど、読者のご参考になるお話を伺いました。
寺田:この度はご出版おめでとうございます。よしとみさんがデビューサポート企画に応募してくださった時のことは、よく覚えています。こんなメールをくださったんですよね。
“いつからか、『ハイキャリア通信』が届くと真っ先に『あなたを出版翻訳家にする7つの魔法』を探して記事の続きを読むためにサイトを開くようになりました。寺田さんの記事とご著書『翻訳家になるための7つのステップ』に刺激され、勇気づけられ、一度は諦めかけた出版翻訳にもう一度チャレンジしようと思い、記事やご著書で書かれていることを参考に企画の持ち込みをしたところ、なんと! 採用されました!! これも寺田さんの記事とご著書のおかげです―――というメッセージを送ることを今年の目標に企画の持ち込みを再開するつもりで準備をしていたら、デビューをサポートしますという企画が発表されました。”
願いを口にしたり書き出したりすると叶うと言われますが、本当に書いた通りに企画通過が叶いましたね。
よしとみ(以下敬称略):そうですね、書いた通りになりましたね。
寺田:よしとみさんはもともと、児童書の出版翻訳の実績があったんですよね。だけどその後、持ち込みがうまくいかなくなり、苦しい時期が長く続きます。「返事がもらえない、返事をもらえても断りの返事ばかり。やがて企画を送っても、どうせ返事をもらえない、どうせうまくいかないと思うように」なってしまいます。「気がつけば最後に本を出してもらってから10年以上が経ってしまいました」とのことでしたが、当時と今とでは、何がいちばん変わったのでしょう? どんなことがきっかけになったのかも教えてください。
よしとみ:企画を持ち込む時の心理的なハードルが下がりました。最初に寺田さんとZOOMでお話しさせていただいた時に、企画書を見て「ここに送ったらいい。ダメだったらあそこに」という具合にどんどん「こうしたらいい、ああしたらいい」と提案してもらったことで、1社ダメでも問題ないんだと思えるようになりました。それまではお返事をいただけないと、そこで終わってしまっていたんです。プッシュしてもいいお返事がないと、別の会社に持っていく気になれずに諦めてしまいがちでした。だけど、「ダメでも次がある、それがダメでもまた次がある」とわかったことで、断られてもがっかりはするけれども、以前ほど落ち込まなくなりました。気持ちの面の変化が大きかったです。
寺田:気持ちの面は大きいですよね。うまくいかなかった10年間というのは、落ち込んで、そのまま落ち込みっぱなしという感じだったのでしょうか?
よしとみ:はい、そうです。
寺田:そんなにすがすがしく言い切られても……(笑)
よしとみ:(笑)
寺田:気持ちの面が変わるだけで、こんなに変わるのかと驚きます。読者の中にも落ち込みがちな方が多いのではと思いますが、次々に気持ちを切り替えていけば、よしとみさんのように出版がぐんと現実的になるでしょうね。
よしとみ:「こんなこともできる、あんなこともできる」とどんどん提案してくださったのが私には新鮮でしたし、勇気づけられました。こんなやり方もあるんだ、落ち込んでる場合じゃないな、と。
寺田:提案されても動けない方もいらっしゃるでしょうから、よしとみさんがしっかり動いていったことがこの結果につながったのでしょうね。
よしとみ:もう最後だと思っていましたから。
寺田:というと?
よしとみ:寺田さんにコンサルしてもらって、それでも出版が実現できなかったら、それはもう私に力がないということだから、すっぱり諦めようと思っていました。
寺田:そうだったんですか!? 私がそんな重い責任を負っていたとは……!(笑)
よしとみ:だから、言われたことは全部やろうと思ってたんです。
寺田:よかった、結果が出て(笑)。ひとりの翻訳家の人生を断ってしまうところでした。よしとみさんのようにこれだけきちんとご準備をされている方でも、うまくいかなくなってしまう時があるんだなと思いますし、それだけに今回結果が出て本当によかったと思います。実際、別人のようですよね。
よしとみ:傍から見るとそうなんですね。
寺田:別人のようにたくましくなられましたよ。
よしとみ:たくましくなったかもしれないですね。また、今回は2点の企画を見ていただいていたので、片方が断られてももう片方があるので、希望をつなぐことができたというのもあったと思います。
寺田:分散するのも大事ですよね。持ち込みをしていて、いちばんしんどかったのはいつ頃でしょうか? それを乗り越えられたきっかけは何でしたか?
よしとみ:去年の11月、12月頃でしょうか。理由も教えていただけないまま、お断りの連絡が続いていたので……。乗り越えられたきっかけは、「10社送ってダメだったら、そこで考え直そう」と気持ちを切り替えて、まずはそこまでは送り続けようと思えたことでしょうか。また、この連載の中で、年末には編集者さんが「すでにある程度お仕事を終えて余裕があるかもしれません。(中略)判断が難しいところですが、ご自身の直感で、よさそうなタイミングを見計らって進めてみてくださいね」とあったのもきっかけになりました。返事は年越しになってもいいと思って、解放出版社さんにお送りしたところ、すぐにご連絡がありました。1月半ばの企画会議にかけてくれるとのことでした。ところが1月半ばになってもご連絡がなかったので恐る恐るメールをしたら、忘れていたとのことで……(笑)。翌月の会議にかけてくださり、通過したとご連絡がありました。
寺田:実際に持ち込みが決まったときの気分はどうでしたか?
よしとみ:すごくうれしかったです。「やったー!!」という感じでした。
寺田:長かったですものね。
よしとみ:はい。
寺田:うれしすぎて信じられないご様子で、あれこれ心配していらっしゃいましたよね。「出る前に出版社が倒産したらどうしよう」とか(笑)
よしとみ:出版社さんの経営状況を疑っていたわけではないんですが(笑)
寺田:解放出版社さんを選んだ理由は何だったのでしょう?
よしとみ:差別などシリアスなテーマの作品を扱っているところを選んで送っていたんですが、家の本棚に解放出版社さんの本があるのがたまたま目に留まったんです。この出版社さんが主催する「部落解放文学賞」の話を以前に作家の友人がしていたのを思い出しました。ここは差別について扱っていると思って、ホームページを見てみたら、子ども向けの本や翻訳書も出していたので、送ってみることにしたんです。
寺田:そうやって情報が目に留まるというのも、アンテナを張っていればこそですよね。企画が通過した理由は伺っていますか?
よしとみ:よい作品だと思います、とのことでした。編集者さんが同僚の方にも読んでもらったところ、よいと言っていただけたので会議にかけたとのことでした。
寺田:よしとみさんの選書が評価されたのでしょうね。企画が通過してからのプロセスを読者の方にお伝えできればと思いますが、どのような流れだったんでしょうか?
よしとみ:まずは書誌情報を送ってほしいと言われて、そこから版権の確認に入りました。1か月ほどしてもご連絡がなかったのでご様子を伺ったところ、もう少しかかるとのことでした。5月のGW明けに交渉がまとまったとご連絡があり、翻訳原稿をつくってほしいとのご依頼がありました。それは一から訳し直すという意味なのか、手直しのみでいいのかわからなかったので、確認したところ、手直しのみで構わないとのことでした。そこで1か月ほどお時間をいただいて見直して、ブラッシュアップしてお送りしました。初校ゲラが出たのが7月の頭のことです。それを1か月くらいで確認して送り直すとともに、タイトルと訳者紹介文を考えました。そして2週間後に2校が出て、それを1か月で戻すとともに、訳者紹介を見直しました。というのも著者紹介は対象読者である子ども向けになっているのですが、私の訳者紹介は大人向けでそっけないものだったので、著者紹介と同じようなトーンに変更したんです。また、カバー裏の文章の翻訳もしました。その2週間後に3校が出て、これで最終です。
寺田:この訳者紹介、素敵ですよね。「小さいときから物語、とくに外国語の物語を読むのが好きで、おとなになった今でもたくさん読んでいます。翻訳者になったら、外国語で書かれた作品を日本でいちばん最初に読む人になれるかもしれないと思って、翻訳者になりました」。これを読んで、翻訳の仕事に興味を持つお子さんも出てくるでしょうね。翻訳の方針については、どんな話し合いをされたのでしょう?
よしとみ:当初の想定読者が小学校の中学年、つまり3、4年生くらいと考えていたんですが、それだと本書は少し難しいかもしれないということで、4、5年生くらいを対象にしました。また、当初の訳文は漢字が多かったので、開きましょう(ひらがなにしましょう)ということになりました。ただ、たとえ難しくても熟語の一部をひらがなにすることはせず、そういう場合はルビを振ることにしました。このあたりは編集者さんのほうでご対応いただけました。
寺田:本になるまでのプロセスで大変だったのはどんなことでしょう?
よしとみ:編集者さんからのご指摘があまりなかったので、不安でした。以前にお仕事をした時は鉛筆書きのご提案がすごく多かったのですが、今回は「ここはわかりにくい」とか「ここは読みにくい」などというのはあったのですが、そのご指摘が少なかったので、「これは読みやすいか、読みにくいか」と自分で考えて判断しなければいけないのが怖かったです。
寺田:「手を入れる必要がないほど素晴らしい翻訳だから」とは思わなかったんですか?
よしとみ:そうは思いませんでした(笑)。そう思えたらいいんですけどね(笑)
寺田:「何も指摘する必要がなかったんだな」って(笑)
よしとみ:次はそういうふうに思ってみます(笑)
※よしとみさんの翻訳された『わたしは あなたは~ベアトリーチェがアジザの、アジザがベアトリーチェの伝記を書く話』の読書会が2024年1月27日に水野ゼミの本屋(大阪市北区西天満)で開催されます。お申込みはメールアドレスoitmizuno[at]gmail.com(atを@に変えてお送りください)まで。
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