第247回 絵本の持ち込み~翻訳家の思い
先日、絵本の持ち込みを検討されている方にコンサルティングをさせていただきました。鮮やかでいてやさしい色彩で描かれた、とても美しい絵本です。大判サイズで厚みもあり、その造本が絵本の魅力にもなっています。
一方で、その造本ゆえの難しさも生じてしまいます。というのは、一般的な判型でないと、出版社にとっては扱いづらいのです。ページ数も通常の絵本の2倍から3倍あるので、その分価格も高くなります。すると高価な絵本を買ってくれる方は限られるため、採算がとれないから出版できないという判断になってしまうのです。
この方はすでにいろいろな出版社の方に絵本の現物を見せてご相談されていて、その度にそういう事情を聞かされていました。そこで、著者とも相談し、ページ数や判型を変えてもいいという了承を得ていました。
たしかに、この絵本には文字だけのページも多くあります。文字を絵の上に配置すれば、ページ数はかなり減らせるでしょう。だけど、余白の多さが生み出す色彩効果や、心理的な余白までも失われてしまいます。
たとえば美術書などを出しているアート系に強い出版社であれば、この造本にも対応できるかもしれませんし、美術書として購入してくれる読者層にも遡及できるかもしれません。
そんなお話をさせていただくうちに、この方は、「本当はこのままの形で出したかったんだ」と気づきました。出版社の方に「難しい」と言われることが続いたため、そう思い込んでしまい、「カットしてもいいです」などと言うようになっていたそうです。だけど、「『難しい』というのは、『その人の会社では難しい』ということだったんですね」と気づいたのです。
相手から否定されることが続くと、「このままではダメなのかも?」と思ってしまうものです。そこで妥協案を提示するようになります。たしかに、現実的な妥協案を提示して、出版につなげていくことも大切です。
だけど、否定されるのは、単に相手の都合に合わないからという場合も多いのです。それなのに、相手に受け容れられることばかりを重視してしまうと、自分が原書のどこに惚れ込んでいたのかを見失ってしまうことにもなりかねません。その状態で持ち込みを続けていては、モチベーションを保てなくなってしまいます。
「この素晴らしい本をぜひ日本の読者にも紹介したい!」という思いが根底にあってこそ、持ち込みを続けていけるものです。不本意な妥協をしてその思いが曇ることがないように、自分自身でチェックし続けてくださいね。
また、どういうところでこの絵本を置いてもらいたいかというお話をしていた時、この方は「図書館」という言葉を聞いて響くものがあったそうです。図書館に置いてもらえたらうれしいし、それを念頭に持ち込みも考えたいとのことでした。
ただ、そのように自分の思いを乗せていいのかという迷いもあるとご相談くださいました。これには、著者の思いも関係してくるでしょう。
たとえば、仮に著者が図書館嫌いで、書店でしか置いてほしくないとしましょう。その場合であれば、日本では図書館で置きたい旨を伝えて、話し合うことが必要になるかもしれません。だけど本書の場合は、著者も図書館で原書を紹介する活動をされているとのこと。それなら、図書館での展開は著者も歓迎してくれるでしょう。
このように判断はケースバイケースになりますが、基本的には翻訳家の思いも乗せていいと私は思っています。そうでなければつまらないということもありますが、もともと本というのは、いろいろな人の思いを乗せて広がっていくものだからです。そこで翻訳家の思いを乗せることで多くの読者に届いていくのなら、それは本にとっても、幸福なことなのではないでしょうか。
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