第233回 お祝い会での話題から②
週末に、Sさんの企画通過お祝い会をオンラインで開催しました。Aさんのお祝い会に続き、出版翻訳家デビューサポート企画にご参加の方々が集まってSさんからお話を伺うとともに、質疑応答などを交えての充実したひとときでした。
Sさんの選んだ原書の内容に関するものや、デビューサポート企画にご参加いただく前に出版社にアプローチした際の詳細についてなど、様々な角度からのご質問がありました。その中で、試訳について、「どのくらいの分量を用意すればいいのか、また、どの部分の試訳を用意すればいいのか」というご質問がありました。
Sさんの場合は、A4で30ページほどの分量を用意していましたが、これは多いほうでしょう。Sさんには、まず著者の方をお引き合わせして、その方に本書の内容を知っていただくことが重要だと考えたので、多めにご用意いただいたという事情があります。
どの部分を訳すかについては、Aさんのように読みどころを訳すほか、前回ご紹介したように、ラストの部分を訳すというアプローチもあります。Sさんの場合は、冒頭部分から順番に訳しています。
「難しいところにうまみが詰まっていると思ってしまうけれど、一般向けにはもっと入りやすいところを提示したほうがいいのでは? うまみの部分は編集者さんにお会いする際に口頭で伝えていってもいいはず」という趣旨のSさんのご意見がありました。
たしかに、持ち込む側は原書と深く付き合っているので、原書に対する見方もいわばマニアックになっています。そのマニア目線から、「ここを読んでほしい!」という思いで選びがちです。だけど編集者さんや、その向こうにいる読者にとっては、はじめて読む本なんですよね。読者目線で捉えて考えることの重要性をあらためて感じました。
試訳については、第112回の「試訳を用意するときに大切なこと」という記事にも詳しく説明しています。ぜひこちらもご参考になさってくださいね。
実は、Sさんから、このお祝い会の前日に版権が無事に取得できたとのご報告がありました。版権交渉には時間がかかることも多いのですが、企画通過だけでなく、版権取得までの流れも、とてもスムーズだったように感じます。
Sさんのこの「突破力」とでもいうべきものがどこからきているのか興味深く、ご本人にお伺いしてみたところ、こんなお返事が。「この本を出版したいと強く決めていて、何社に断られてもやろうと思っていました。そのために自分ができることはこれだと思ったら、それをひたすらやってきました」
実際、Sさんがレポートの補足として教えてくれたのですが、編集者さんにはじめてお会いする前に、ネット上のインタビュー記事に目を通したほか、執筆されていた小冊子も急いで購入し、読んで準備をされたそうです。編集書籍がまとめられたSNSアカウントもチェックされたとのこと。お人柄や関心事を知ることができ、その結果、かなり緊張はしていたものの、お会いできること自体が当日までにとても楽しみになっていたそうです。編集者さんとお会いする時の緊張を和らげるひとつの策になったとのことです。
SNSを活用されている編集者さんも多いので、時間に余裕があれば、手がけられた作品に目を通すこともできるでしょう。Sさんのように事前準備をされると、お会いする時間も充実したものになることと思います。
Sさんの突破力のもうひとつの源泉は、「学問の道につながりを持ち続ける足場をつくりたい」という思いでした。Sさんは博士課程には進まなかったものの、学問への思いは強く持ち続けてきました。翻訳書を出版することは学問的にも実績になりますし、そこからご自身の研究につなげ、著作を出版することなどにもつなげていけるでしょう。出版翻訳を目指す理由は人それぞれですが、Sさんのように学問の道を目指す方にとっても、その先のキャリアを支えてくれるものだと思います。
最後に、このデビューサポート企画にご参加いただいて役立ったことをSさんにお尋ねした中で、「自分で気づいていなかった自分の特徴や物事の進め方を教えてもらって、自分を客観視できるようになった」というお話がありました。
これを聞いて、宝塚の男役トップの方が、「自分の顔が早くわかった人の勝ち」という趣旨のお話をされていたのを思い出しました。宝塚のメイクって、元の顔がわからなくなるくらいに変貌しますよね? そのメイクを、いかに自分の顔を活かしつつ、自分の個性に合ったものにしていくか。自分なりの正解を見つけた人が、ぐんと輝きだすというのです。
自分なりの正解を見つけるというのは、持ち込みの進め方にも通じます。人の集まる場に出かけてどんどんご縁を広げていくことでチャンスをつかむ方もいれば、じっくり腰を据えて情報収集をし、深く考えることで着実に前に進んでいく方もいるでしょう。合わないアプローチを無理にしようとしても、長続きしません。逆に、自分に合ったアプローチがわかれば、負担なく進めていけるようになるはずです。ぜひ、自分にとっての正解を探してみてくださいね。
※絵本ナビスタイルの「中学生の夏休みの読書と読書感想文に! オススメの本8選」で拙訳『虹色のコーラス』をご紹介いただきました。「本を読むのが苦手なあなたに!」という記事タイトルで、「ストーリーも翻訳もとても読みやすく」「とても静かな語り口ですが、静かな中にも感情を揺さぶられるアツい作品」としてご紹介いただいています。よかったらぜひご覧くださいね。
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