第224回 4年越しの企画がついに実現!④
本の内容にあらためて自信は持てたものの、コロナ禍は続き、介護業界の状況は変わっていませんでした。これではやはり、読者数が見込めず、企画を通せそうにありません。
そこで、文脈を変えることで、もっと広く読者を取り込めないか考えてみました。本書は認知症や介護だけでなく、性やウェルビーイング、多様性、LGBTQなど様々な文脈で読むことができます。打ち出し方を変えて他の方面に関心の高い読者にアピールできれば、手に取ってもらえそうです。普段から人文書を読むタイプの読者なら、興味を持ってもらえるのではないかと思いました。
そうやって別の切り口で企画を考えていた時、「この方にご相談してみたらどうだろう?」と思い浮かんだ方がいました。ちょうど少し前にその方の著作を読み終えたところで、その中に性をテーマにした俳句が収録されていたのです。実は、以前にもその俳句を目にしたことがあり、「あの方がこんな俳句を読むのか」と驚いたのを思い出しました。認知症にもご関心があると編集者さんから耳にしたこともあって、「本書のテーマにもご関心を持っていただけるのでは?」と思ったのです。
とはいえ、その方にお願いできるほど交流があるわけではありません。あまりにあつかましいお願いになってしまいます。
ただ、まったく面識がないわけではありませんでした。以前にその方の講演会があり、ちょうど私も翻訳書が出版された頃だったので、講演終了後にお渡ししたことがあったのです。「あなたが翻訳したんですか? じゃあ、サインください」と言われ、「え? 私があなたにサインを? 逆じゃなくて?」と戸惑いながらもサインをさせていただいたのでした。
かなり前とはいえ珍しい状況だったので、もしかしたら覚えてくださっているかもしれません。また、私が連載していた介護情報誌も購読されていたので、どこかで名前を目にしてくださっているかもしれません。
そう期待して、お願いしてみることにしました。問題は、どうお願いするかです。著名な方なので、きっと「出版社を紹介してほしい」という類のお願いをされることも多いはず。そういう依頼には辟易している可能性もあります。「単にあなたのネームバリューを利用したいだけの人とは違って、ちゃんと理由があって、あなただからこそ頼んでいるんです」ということをどうお伝えできるか悩みました。多くの依頼の中で埋もれて、目を通してもらえない可能性もあります。目を引いて、興味を持ってもらえるようにするにはどうすればいいか……。
そこで私が思いついたのが俳句です。何を隠そう、私も12年近く俳句をやっていて、暁天(ぎょうてん)という俳号まで持っているのです! と自慢してみましたが、句会の度に「これは暁天くんの句だろう。はっはっは」と笑われるばっかりで(暁天の由来は「びっくり仰天」なのです)、自慢できるのは「長年続けているのに見事に進歩がないこと」くらいなのですが……。
それでも句会の方々とつくった句集があるので、「これをお送りしてみてはどうだろう?」と思ったのです。そうすれば「共通の趣味」というフィールドでのつながりができるので、目を留めてくれるかもしれません。
こういう依頼をする時に大切なのは、相手の時間をいただくことへの配慮です。お忙しいお仕事の合間に手紙や企画書に目を通すのも、きっとひと苦労でしょう。「そのことを当然だと思ってはいませんよ、きちんとお礼をしたいと思っています」と伝えることです。
ただ、私が提供できるようなものはすでにお持ちでしょうから、お礼になるようなことが何もできません。そこでせめて私のへんてこりんな句でもお楽しみいただいて、少しでもお礼になればと思ったのです……が、貴重な時間を余計に奪っただけのような気もしてきました……。
ともあれ、お願いするお手紙には、どうしてその方にお願いしたのかということや、お会いしたことがあること、お力添えいただきたいことなどをお伝えし、企画書と試訳、そして句集と拙著(句集だけではただのへんてこりんなおバカさんだと思われてしまうので、「ちゃんとしてます」アピールです)も同封しました。
一冊ほぼすべて翻訳は終えていたので、試訳にはその中から3章分を選びました。初めから順にではなく、医療の専門的な話がメインの章などを除き、一般向けに読みやすいものを選びました。通常は3章分も必要ありませんし、多すぎると思われるので1章分にとどめたほうがいいでしょう。でも、その方は研究者なので、ご興味をお持ちいただけた場合には情報が多いほうがいいと考え、そのようにしました。
企画書と試訳をお送りし、「お忙しいだろうから、1か月くらい待ってお返事があればラッキー」くらいに思っていました。すると……次回に続きます!
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