第223回 4年越しの企画がついに実現!③
Cさんが打診してくれた出版社からのお返事はお断りでしたが、その際にいただいたコメントに大きなヒントがありました。
翻訳書全体を統括する編集者さんからのコメントで、「生々しいだけに、かえって翻訳もののほうが、距離がおける」ため、「安心感もある」という内容でした。それを受けて、Cさんも、「まずは翻訳書で読んだほうが対岸の火事として捉えられるから、他人事みたいな距離感で、日本では扱いにくいテーマとも向き合える」というコメントをくれました。
このご指摘は、まさに目からうろこでした。というのも、翻訳書はどうしても日本の介護現場とは事情が違うため、私はそれを弱点としてネガティブに捉えてしまっていたのです。いかに日本の読者に近づけるか、ということばかり考えていました。
日本の読者に「自分に関係のある、役立つこと」として興味を持ってもらえるようにするのもたしかに大切なのですが、翻訳書ならではの距離感を活かすことで弱みを強みに変えられるのでは、と気づいたのです。
翻訳書ならではの距離感については、実は、読書療法の活動の中では認識していました。たとえば、いじめが原因で学校に行くのがつらい子におすすめする本として、『虹いろ図書館のへびおとこ』があります。同じような状況の子が主人公なので、読者が自分自身と重ね合わせやすいからです。だけど、あまりにも自分と似通っているために、現実を直視させられたり、現実だけでなく本の中でもつらさを再度体験させられたりすることに耐えられない読者もいるでしょう。そういう場合には『希望の図書館』をおすすめします。1940年代の黒人の少年が主人公なので、同じテーマでも距離を置いて読めるからです。
そんなふうに翻訳書ならではの距離感が強みになることを認識していながら、自分の企画に関しては完全にその視点が欠落していたのです。人間って、自分のことは自分で見えないものだな、と実感しました。
このありがたいご指摘は、早速企画書に盛り込みました。もちろん、さも自分が最初から気づいていたかのように……(笑)
また、Cさんは、「専門性が高く、意義もある本」だと社長さんも認めてくださっていたことを伝えてくれました。自分がいくらいい本だと思って持ち込んでいても、断られるとやはり、その本の価値が目減りしたかのように感じてしまうこともあります。だけどこうして他の方が価値を認めてくれると、「私だけじゃなくて、ちゃんと他の方が読んでも素晴らしいと思う本なんだ!」と力をいただけます。
「営業や販促の面で、これだけ専門性の高い本は難しいのではないか」というのがお断りの理由でした。「専門書の営業に強い出版社で出したほうが、医療関係者や図書館流通も含めて、ロングセラーになるのではないか」という意見が出たとも教えていただきました。
ここで図書館のことにも触れておきましょう。企画書をつくる際に、販路があると企画が通りやすくなることについては、前回お伝えしました。ここで、「図書館に置いてもらえる」というのも心強い販路です。図書館の選書基準は書店とはまた違い、学術的意義や長く読まれるに値するかなどを重視します。瞬間風速的な売り上げは見込めなくても、読者にきちんと届く良書であれば、図書館の蔵書として販路が見込めます。この点もぜひ意識してみてくださいね。
Cさんが打診してくれた出版社では、「自社で出すかどうか」だけでなく、「この本にとって何がベストか」も考えてくださったんだなあ、とありがたかったです。
お断りではあったものの元気をいただきつつ、次の手を考えます。それは……次回に続きます!
※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。
※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。