第221回 4年越しの企画がついに実現!①
出版翻訳家デビューサポート企画にご参加の方々のサポートをする一方で、私自身も複数の作品の持ち込みを続けてきました。そのうち、4年越しの企画がついに実現することになりました! そこで、どうやってここまでたどり着いたのか、詳しくお伝えしたいと思います。長くなるので複数回に分けてレポートしますね。できるだけ具体的に書いていきますので、ご自身の持ち込みにお役立ていただけたらうれしいです。
まずは原書との出逢いからお伝えします。私が選んだ原書は、認知症ケアに関する学術書です。もともとこの分野の翻訳を専門に手がけてきたので、参考になりそうな原書があれば取り寄せて読んでいました。『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』や『リーダーのためのパーソンセンタードケア』のように、日本に紹介したいものを見つけたら企画を持ち込んで出版翻訳をしてきました。そうやって読んでいた原書の中に、認知症と性をテーマにしたものがあったのです。
認知症と性というと、きわどい印象を持たれるかもしれません。だけど「性が人間にとって重要な一部であるにもかかわらず、介護においてその視点が完全に抜け落ちてしまっているのではないか」という、とても大きな問題提起を含んだ本なのです。実際に読んでみると、きわどいどころか至極まっとうで、「どうして誰もこんな大切なことに気づかなかったんだろう? これは日本の現場にも伝えていかなくては!」という気持ちになりました。
それに、本書の著者の活動には以前から注目していました。認知症がある本人へのカウンセリングについても著作があり、とても興味深い内容だったのです。10年ほど前に読んで日本に紹介したいと思って提案したこともあるのですが、これは難しいのではとの意見をもらい、断念した経験があります。というのも、事例が豊富で日本の現場にも参考になる内容なのですが、学術書なのでどうしても難しくなってしまうのです。特に冒頭部分はその研究の学術的意義を延々と説くため、研究者はともかく、想定読者となる介護職はここで大半が挫折してしまうと思われました。
それでも内容が印象に残っていたので、著者が2作目を出していると知ってすぐに読みました。それが本書だったというわけです。なので、今回の企画はいわばリターンマッチでもあります。
まずは企画書をつくり、1章分の試訳ができたところで持ち込みを始めました。お付き合いのある出版社さんに相談してみましたが、順に2社にあたったものの、いずれもお断りでした。
ミステリなど翻訳作品に一定の読者がついている分野とは違い、介護の分野では、基本的に翻訳書はあまり好まれないという事情があります。主な理由としては、日本の出版社から原書の出版社へのアドバンス、つまり前払い金が必要になるので、それが嫌がられるからです。アドバンスがあるからといって支払う総額が増えるわけでもないのですが、出版の場合には印税は後払いが普通なので、慣行と違うために嫌がられてしまうのです。
また、介護分野では資格取得に関する本は一定の売り上げが見込めるものの、もともと介護職にはあまり本を読まない人が多いこともあって、資格関連以外の本は難しいということもあります。
テーマ的にもすんなりいかないだろうとは思っていましたが、持ち込みを始めた2019年当時は、それほど時間がかかるとは思っていませんでした。翌年にはオリンピックも控えていましたし、LGBTQをめぐる状況など、従来の価値観が変わってきている頃だったので、オリンピックでその変化がさらに加速し、認知症と性の問題も取り上げやすい下地ができると期待していたのです。
だから翻訳を進める一方で、認知症と性というテーマへの意識を高めるために、テレビ局の関係者や医師、研究者の方などに働きかけて、本を出しやすくする環境をつくろうと動いていました。ところが……次回に続きます!
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