第215回 類書の横と縦、あるいは図書館の不審者
企画書をつくる時には、類書を調べることが大切です。いくら面白い原書を見つけても、すでにその内容が既刊書で出尽くしていたら、翻訳する意義がなくなってしまうからです。どのような類書があるのか把握したうえで、自分が選んだ原書は類書と何がどう違うのか、アピールしていく必要があるのです。
類書を調べる際には、オンライン書店などのネット検索も有効ですが、実物を手に取ることで、五感を通して得られる情報がとても役立ちます。検索で見た書影や文字情報だけではどうしても頭の中だけにとどまってしまうのが、本のたたずまいやサイズ感、紙質などを確かめることで、出版翻訳に向かて体が動いていくようになるのです。
また、書店に行くことで、どういうコーナーや棚に置かれているのかもわかります。エッセイだと思ったけれどビジネス書のコーナーに置かれていたとか、専門書だと思ったけれど暮らしや実用書のコーナーに置かれていたという発見もあるでしょう。現場でつかんだ情報は、企画書の内容を豊かにしてくれます。
五感を通して得られた情報に加えて「自分の本も将来はここに置いてもらえるんだな」というイメージがあると、企画がなかなか通らずにあきらめそうな時や、翻訳がうまく進まない時にも、出版された時のイメージを思い浮かべながら乗り越えることができます。
目立つ場所に置いてあったり、たくさん平積みになっていたりする本をチェックすれば、「こんな路線が支持されているんだな」「この書店ではこういう本を推しているんだな」と把握できます。さらに、お客さんの様子を見ながら、読者層をつかむこともできます。
ただ、書店の場合はどうしても「今が旬のもの」を扱うことになります。もちろん、書店員さんの選書が優れていれば、棚差しの本にその分野のロングセラーや専門家が重視する基本的な文献がしっかり入っています。だけど、そこまでしっかりした棚づくりができず、売れ筋の本を置いてあるだけのことも多いでしょう。なので、書店は現在どういう本が売れているのかを把握する、つまり横に類書を捉えるために活用するといいでしょう。
これに対して図書館は、今売れているかどうかではなく、別の視点から選書をしていますし、本の配置も書店とは違います。かなり前に出版された本も、最近発売された本も同じ棚に並んでいますので、その並びで類書を捉えることでも新たな発見があります。「これは新しい切り口だと思ったけど、ひと昔前に結構こういう本が出版されていたんだな」などと気づくことができるのです。書店では現在の位置から横に捉えるのに対して、図書館では縦の時間の流れで類書を捉えることができる、そんなメリットがあるのです。
絵本の類書を探す時に図書館のありがたさを実感するのですが、ここで問題が……。絵本のコーナーは、小さい子が親しみやすいようにつくられているので、来館者も子どもたちばかり。平日の昼ともなると、赤ちゃんを抱っこしたお母さんが、畳の上で読み聞かせをしています。そんな和やかな雰囲気の中、私はといえば……
「この絵本、すごく独創的な絵柄だけど、出版社はどこなんだろう?」
「この作家さんのプロフィールは?」
「初版の刊行日はいつ? えっ、50年も前!? そんなロングセラーなの!?」
などと、本を平積みにしてパラパラというよりガシガシとページをめくっているのです。真剣に調べ物をしているだけなんですが、明らかに浮いています。調べ物をしながらも、不審者だと思われてしまわないか、ちょっと不安になるのです……。
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