第209回 想定外の理由
企画を出版社に持ち込んで断られるのは、よくある話です。もちろん、私も、お断りされたことは何度もあります。たいていは出版社の方向性と作品のマッチングの問題なので、理由を伺うと納得するものです。ただ、時には、思いがけない理由でお断りをされることがあります。編集者さんからの丁重なメールに、こんな文言が……。
「小社は非常に零細な会社でございまして、寺田さまのようなご高名な方にお仕事をご依頼し、十分なご印税をお支払いすることがかないません」
「えっ!? 私、いつの間にそんなお偉い先生に!?」と、一瞬勘違いしそうになりました。いや、そんな巨額の印税をもらった覚えはないんですが……(笑)
実績がなくて断られるならまだしも、実績があるために断られるとは、想定外でした……。
一般的に、キャリアを積むと値段が高くなるものですし、それがネックになって依頼が来なくなることはあります。わかりやすいのはタレントをCMに起用する例でしょうか。有名タレントを起用したくても予算が足りないので、そこそこのギャラで済む若手タレントを起用する。そうしているうちに「この人、よく見かけるね」ということで認知度が上がってギャラも上がってしまう。そうすると今度はその若手タレントへの依頼が減ってしまう、というパターンです。
とはいえ、出版翻訳家の場合には、このパターンはあまり当てはまらないように思います。というのも、第63回「出版翻訳の収入って?」にあるように、印税率は大体4%から8%と決まっているからです。多少の幅があるとはいえ、「大御所だから印税率30%!」ということにはならないんですね。
少しでも費用を抑えるために印税率の低い翻訳家を選ぶ場合もあるかもしれませんが、同程度のキャリアならともかく、やはり安心できる実績のある翻訳家のほうを選ぶ場合が大半ではないでしょうか。いくら費用を抑えられたとしても、翻訳のクオリティが低くて編集が大変だったり、スケジュールの大幅な調整が必要になったりしては、結局高くつくからです。
編集者さんから想定外のメールをいただいた時は、「なんなら印税率を下げていただいたって大丈夫ですよ!?」と交渉しようかとも思いましたが、「いや、待てよ。これはきっと、断る際に相手の機嫌を損ねないための高度なテクニックなのでは……」と思い留まりました。いつか会社が大きくなって、たっぷり印税をお支払いいただけるようになった際に、お声をかけていただけることを願いつつ……。
これはきっと珍しいパターンだと思いますので、「下手に実績を積むと断られるの?」などと余計な心配はせずに、第19回「7つの魔法⑥~実績をつくる」を参考に、どんどん実績を積んでいってくださいね。
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