第208回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート㊵
出版翻訳家デビューサポート企画レポートをお届けします。前回に続き、学術書を選んだSさんが登場します。
Sさんの試訳で気になったのは、やはり表記の問題でした。この点については第199回「どうして表記が大事なの?」で詳しく解説していますので、そちらの記事もぜひご参照くださいね。
Sさんの場合は、「つながり」「つなぐ」という言葉が登場するのですが、ひらがな表記の部分と「繋がり」「繋ぐ」と漢字表記の部分が混在していました。タイトル案にも使われている言葉のため、何か意図があって使い分けているのでなければ、不統一だととても目を引いてしまいます。どちらに揃えるかは好みの問題もありますが、読みやすさを考慮してひらがな表記のほうがよさそうです。こういう時には書籍のタイトルを検索してヒット数が多いほうや読者層に近いほうに合わせることも考えられます。この場合でも、ひらがな表記を選ぶことになるでしょう。
表記に関連して、Sさんの試訳では、“○○○○”や‘○○○○’とクォーテーションマークが多用されていました。これも頻出すると字面がうるさくなってしまいますので、鉤括弧に置き換えて「○○○○」と表記するようにします。ダブルクォーテーションとシングルクォーテーションに特に意味のある使い分けはないようでしたので、こういう場合はいずれも鉤括弧に置き換えて構いません。
表記以外にもうひとつ気になったのは、状況が整理されていないことです。たとえば、試訳の冒頭部分で、「病院に入ってすぐ、……」という描写があります。これを読むと、病院内の光景を頭の中に思い描くのではないでしょうか。ところが、その後に続く文章を読んでいくと、語り手である作者はどうやらまだ病院の外にいるらしいとわかります。冒頭の「病院に入ってすぐ」の「病院」は建物ではなく、病院の敷地内のことを指していたのですね。こういう場合、言葉を補って状況を整理していかないと、「どういうことだろう?」「この作者はどこにいるんだろう?」と読者は混乱してしまいます。
本の冒頭部分というのは、読者の興味を引くために、「いったいどういう状況なんだろう?」と、あえてわからないようにすることはよくあります。謎を持たせることで、先に読み進めてもらえるように、読者を引っ張っていくのですね。いきなり知らない場所に投げ込まれたような臨場感を味わわせることで、「なんだろう?」と思わせるのは正攻法の手段です。だけど、状況整理がされていないと、必要以上に読者に負荷をかけてしまいます。「何が起きているのか知りたい」という興味よりも「どういう状況なのか理解できない」というストレスのほうが大きくなってしまうと、読み進めてもらえません。注意深く状況整理をしていくようにしましょう。
Sさんには表記の見直しと状況整理をしていただくとともに、翻訳を引き続き進めていただくことにしました。内容は興味深いものですし、拝読して、原著者と活動内容が近い日本人の著者が思い浮かびました。Sさんも、その方の活動を以前からフォローされているとのことでしたので、この企画を通してご縁がつながっていくといいなと思っています。また進展があり次第、レポートしていきますね!
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