TRANSLATION

第204回 出版翻訳家とメタ認知能力

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

2023年最初の更新となります。みなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年始に、これまでに書いた記事をざっと見返して分類していました。企画書に関する内容か、試訳についての話か、マインドのことか、それとも……という具合です。というのは、『翻訳家になるための7つのステップ』を発売した時点で基本的なノウハウはお伝えできたと思っていたのですが、細かいことはまだまだあるもので……。応用編として、「これさえ読めばすべてわかる」という、頼れる相棒のような分厚い本に将来的にまとめたいのです。そこからバックキャスティングをして、「その本に足りない内容は何だろう?」と考えていたのですね。

もし、「こういう話はまだ読んでいませんよ」というお声や、「こんな場合はどうすれば?」というご質問などがあれば、こちら(※私の主宰している日本読書療法学会のサイトになります)からお知らせくださいね。

マインドについては比較的よく言及してきたのですが、どれだけ書いてもきっとまだ足りないのだろうなと思います。あらゆる角度から何度もお伝えして、ようやく少し変化をうながせるのではないでしょうか。そこで、今回はメタ認知能力について見ていきましょう。

先日、ヘアメイクアップアーティストの小田切ヒロさんと藤原美智子さんの対談動画を拝見しながら、「なるほど、出版翻訳家の場合と同じだな」と納得したことがあります。それは、「メイクをするっていうのは、メイクだけじゃない」「技術が一番だと思っている方が多いけれど、技術は三の次、四の次」だというお話です。それよりもコミュニケーション能力や場の空気を読む力や人当たりが大切で、その前提があったうえでの技術だというのです。

第33回の出版翻訳家インタビューで越前敏弥さんも、「一緒に仕事をして楽しい人であること。仕事のパートナーとしてどうかということ」の大切さに言及されていました。翻訳力よりも、そちらが重視されるのですね。ともすれば翻訳力を高めることにばかり目がいってしまいますが、それでは一緒に働きたい人ではなくなってしまうかもしれません。

メタ認知能力が高ければ、自分を客観視できます。メイクアップアーティストの場合であれば、たとえばそれが雑誌のメイク特集の撮影なら、「どんな雑誌なのか」「読者は誰か」「どんなコンセプトの企画なのか」ということに始まり、「このモデルさんに自分が提案したいメイクを合わせるにはどうアレンジするか」「時間内に撮影を終わらせるにはどうすればいいか」と考えて動けるので、重宝されます。

逆にメタ認知能力が低いと、全体の中で自分に何が求められているかを把握できないので、自分の技術をアピールすることしか頭にないかもしれません。すると、自分の提案したいメイクに固執し、モデルさんの良さを引き出せずにいい写真に仕上がらなかったり、作品としての完成度にこだわりすぎて時間がかかり、予定した時間内に終わらなかったり……という事態になってしまいます。これでは次に声をかけてもらえません。

出版翻訳家の場合も、同じことが言えます。メタ認知能力が高ければ、自分の企画が出版業界においてどのような文脈で位置づけられるかを把握できますし、編集者さんと関わる際にも自分が何を求められていて、どのように対応していけばいいのかがわかります。企画書の作成段階から実際に仕事をする段階まで、すべてにおいてレベルが上がるのです。

逆にメタ認知能力が低いと、翻訳の細部にこだわるあまり締切を大幅に過ぎてしまったり、編集者さんに迷惑をかけたりしてしまうかもしれません。それ以前に、勉強をしている段階でも、その勉強を何のためにしているか把握できていないでしょうから、デビューにつながりにくいのです。

翻訳の能力は、コツコツ磨いていくしかありません。大きく伸びることはもちろんありますが、急に向上させるのは難しいものだと思います。それに対してメタ認知能力は、気づきによって一気に高めることができます。だから、出版翻訳家デビューを目指しているのにうまくいかない方は、翻訳の勉強だけでなく、メタ認知能力を磨くことを考えてみてください。「自分はどうして、何のためにこれをやっているのか」「全体の中で自分には何が求められているのか」……そんなことを日頃からほんの少し意識するだけでも、今の状況の見え方やこれからの行動が変わってくるはずですよ。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

※出版翻訳に関する個別のご相談はコンサルティングで対応しています。

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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