第197回 どうやって文脈をつくればいいの?
企画の持ち込みにあたっては、自分が選んだ原書をどんな文脈に置くかを考えることができると強いです。今の世の中や出版業界のどんな流れの中にその原書が存在しているのかを提示できれば、編集者さんにも興味を持ってもらえるからです。
「この本はこんなにいい本なんですよ!」とアピールすることももちろん大事なのですが、それだけでは、「よっぽど気に入っているんですね」と思われて終わってしまうかもしれません。だけど、「この本は現在大ヒットしている○○という商品が生まれた背景にある理論を提唱しているんです」「この本は最近読者が増えてきた○○というジャンルで期待の新人の作品なんです」と訴えることができれば、説得力が違ってきます。
ただ、この文脈を考えるのが難しいという方が多いようです。それ以前に、文脈をつくるために必要な情報を収集していないように見受けられます。
「そんなことを言われても、情報源なんて持ってないし……」と思うかもしれません。たしかに、「敏腕編集者の○○さんが独立して新しい出版社を立ち上げるらしい」とか「あの出版社に新しく入った○○さんは、最近こんなヒットシリーズを手がけているらしい」といった情報は、出版業界にいないと入ってこないでしょう。でも、そういう内部情報のように特別な情報が必要なわけではありません。新聞やTV、インターネットやSNSなどで誰でも入手できる、一般的な情報でかまわないのです。「こういうことが起きているんだな」「こんなものが流行っているんだな」と、まずは知ることです。
情報を収集したら、そこから考えることが大切です。どうやって考えていくのか、具体的な例で見ていきましょう。最近、『教養としての「ラテン語の授業」』という本についての新聞記事を読みました。韓国語から翻訳されたもので、韓国初のコンテンツが注目されているという内容でした。ここから、私はこんなことを考えました。
「『82年生まれ、キム・ジヨン』のようなフェミニズム文学や、『私は私のままで生きることにした』のように自己肯定感を扱う本で韓国語からの翻訳作品がヒットしていたけれど、人文書はこれまで聞いたことがないな。編集者さんたちも注目して探しているだろうし、おもしろいコンテンツがあったら反応がありそうだな」
「ビジネス書に強い出版社からラテン語についての本が出てきたっていうことは、ビジネスパーソンに教養主義が本格的に復活してきたのかな?」
「そういえば『英単語の語源図鑑』もよく売れていたな。源流を探すというか、本質をつかもうという学び方が主流になってくるのかも……!?」
「人文書が好きな読者とビジネス書が好きな読者ではかなりタイプが違うけど、もしかしたら人文書の中にビジネスパーソン向きのコンテンツは結構多くあるのでは? うまくセレクションしたり提案したりできれば、読者層が広がるな」
……という具合です。そうやって情報の中から文脈を考えられるようになっていくと、企画書をつくる際にも「こういう文脈で提案しよう」と考えられるようになっていきます。たとえば、「この原書は日本では注目されてこなかったけれど、○○や○○のもとになった古典的名著だし、今読まれている本の源流のようなもの。そこをアピールしたら興味を持ってもらえるのでは?」というふうに、アイデアが浮かぶようになってくるのです。
もし難しく感じてしまうなら、「自分の企画に結びつけられないかな?」とゲーム感覚で考えてみるだけでもかまいません。「こんな本が売れている」「こんな新刊が発売された」という情報に接した時に、自分が選んだ原書との接点を探してみるのです。その練習を繰り返していると、文脈を見つけられるようになっていきますよ。ぜひ試してみてくださいね。第94回「持ち込み先を探すヒント」の内容も参考にしていただければと思います。
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