TRANSLATION

第176回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート⑲

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

出版翻訳家デビューサポート企画のレポートに戻りましょう。今回登場するのは、第159回でご紹介した医師のYさんです。

翻訳経験のないYさんが翻訳するにあたり、出版社への安心材料を提示するために、試訳を多めに用意することをおすすめしていました。普通なら1章分でもいいところを、3章分ほどご用意いただくようにお願いしていたのです。

Yさんはコロナ禍で医師としてのお仕事がお忙しい時期でしたが、がんばってコツコツと3章分の試訳を仕上げてくれました。A4でプリントすると18ページになります。

翻訳を勉強している方でも、ある程度の分量を仕上げるのは、なかなか大変なものです。それをしっかり仕上げてこられたのは、やはりYさんの真摯な姿勢の表れだと感じました。

翻訳はというと、英文和訳としては文句なくできているのですが、翻訳としては検討が必要な箇所が色々とありました。「複雑な構文も把握できているとアピールするために、一字一句直訳したものになってしまった印象」とはYさんご自身のご感想ですが、読者のみなさんもやりがちなのではと思います。ちょっと手を入れるだけでぐんと読みやすくなるものなので、Yさんの試訳を例に、具体的に気をつけたいポイントを見ていきましょう。

・「彼」「彼女」が多すぎる
英語を直訳すると「彼」「彼女」が頻繁に登場する文章になってしまいます。それを活かした文体にすることもできますが、一般的には、日本語として読みづらいものになってしまいます。日本語では主語がないことも多いので、省略できる場合は省略しましょう。または、「夫」「妻」など関係性を表す言葉や「ローラ」など名前に置き換えられるなら置き換えましょう。

・訳出しなくていいものを訳出している
相手に呼びかける際の言葉を訳出しているため、会話の中に「愛する人よ」「最愛の人よ」という言葉が出てきます。訳しておかないと訳抜けだと思われてしまうという不安があったのでしょうが、日本語として読むとやはり不自然です。会話の中でいきなりシェイクスピアの劇が始まってしまったかのような唐突な印象がありますので、省略しましょう。場合によっては、「ねえ」などの言葉を入れることもできます。

・トーンの違う言葉が混じっている
Yさんの文章は基本的には無駄なものがない簡潔な表現で統一され、落ち着いたトーンになっています。ところが、一部にトーンの違う言葉が混じっていたため、そこが浮いていました。たとえば、「ありとあらゆる隅っこの部分を」という言葉です。少し幼いというか、かわいらしい感じがしますよね。こういう言葉が入ることで全体の調和が崩れてしまうので、「隅々まで」など、トーンに合った言葉に置き換えましょう。

・表記ルールを守っていない
かぎ括弧に括られた会話の末尾には、句点は入りません。児童文学には句点を入れる表記もありますし、入れる形式を好んで用いる作家さんもいますが、例外的だと考えてください。また、「!」や「?」の後には、1字分のスペースを空けます。「本当ですか?驚きました!まったく知りませんでした。」という会話文があったとすると、正しい表記は、「本当ですか? 驚きました! まったく知りませんでした」となります。

・動詞を補う必要がある
名詞が続く場合、それを訳出しただけでは不自然な日本語になってしまいます。適宜動詞を補うことで、意味も伝わりやすくなります。たとえば、「一連の問題、恐怖、そして疑問を抱くようになる」という文章だと、わかったようなわからないような感じですが、「一連の問題と向き合い、恐怖を覚え、そして疑問を抱くようになる」とすれば、心の動きも伝わりますよね。

また、Yさんには、医師という専門家ならではの見落としがありました。それは……次回に続きます!

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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