TRANSLATION

第169回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート⑬

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

Y社とのお話がとんとん拍子に進んでいたAさんですが、追加情報を送って以降、ご連絡がなくなってしまいました。そこで問い合わせのメールを送ったところ、「現在の出版不況下では翻訳企画はハードルが高い」というお断りのお返事があったのです。「出版助成金や買取などがあれば話は別だが」とのこと。

Y社のほうも乗り気に見えていただけに、Aさんはがっかりしてしまいます。だけどちょうどこの頃、助成金申請に関する情報がAさんのところに入っていました。「Y社のほうから助成金の話を持ち出したのだから、申請するので協力してほしいと打診してみては?」とAさんに提案しました。助成金が取得できた場合はY社から出版することを申請書類に記載しようと考えたのです。

そこまで食い下がる翻訳家はあまりいないでしょうから、まずそこで頭ひとつ抜けます。もしY社から出版できない事態になったとしても、助成金を取得できていれば、他の出版社に持ち込んでも通りやすくなるでしょう。

実は、私も以前に助成金申請を検討したことがあります。手続きが面倒で結局見送ってしまいましたが、面倒なことには挑戦する方も少ないので、考えようによってはチャンスなのかもしれません。

AさんがY社に打診すると、協力を約束してくれました。Aさんも申請に必要な書類を揃えるため、昔の知人に連絡を取るなど、忙しく動き出しました。いい流れに乗ったように見えたのですが、申請にあたっては出版が正式に決定していなくてはならないとわかり、残念ながら申請は見送ることになりました。

けれどもこうして動き出したことで、一つひとつの行動が思わぬところでまた良い結果を運んできてくれると思います。塞翁が馬ではないですが、Y社とのお話も、うまくいくかと思ったら「助成金があれば別だが」と断られ、そんな折に助成金情報が入り、それで打診したら協力を得られ……という具合に、一見マイナスなことから次の展開が得られることもあるんですよね。一歩引いて自分を客観視しながら面白がる余裕を持つと、一喜一憂せずにすむと思うのです。

Aさんには続いてX社を提案したところ、絵本が中心のラインナップのため、今回の企画とそぐわないのではという不安をお持ちでした。たしかに、ラインナップを見て、合うところに持ち込むのが基本です。ただ、私が以前にX社の社長さん宛てに企画書を送ったことがあり、その際にきちんと対応していただいたことが印象に残っていたのです。社長さん自らがそのような対応をしている会社であれば、可能性があると考えました。

翻訳家からの持ち込みに対してお返事がない出版社も多いですが、たいていの翻訳家は、その出版社の作品の愛読者なんですよね。素敵な会社だと思っていたのに対応がひどいとがっかりしますし、出版社からしても、ファンを失う、もったいないことだと思うのです。逆に対応がきちんとしていると、たとえお断りのお返事であってもさらに好感を持ちますし、ていねいな会社として印象に残るので、出版社にとってもプラスに働くのではないでしょうか。

X社を提案したのは、会社としての姿勢に加え、現在の世界情勢に照らして、Aさんの企画が関心を持っていただきやすいことがあります。関心のある題材であれば、通常のジャンルにこだわらずに手がけることもあります。「これまでにないジャンルの本が出たな」というときは、たいてい編集者さんの個人的な関心から出ているものです。絵本中心のX社についても、これは当てはまるのではと考えました。

そんな背景をお伝えし、AさんはX社にアプローチすることにしました。また進展があり次第お伝えしますね。

※新刊『古典の効能』が発売になりました。

『心と体がラクになる読書セラピー』が発売中です。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

END