第166回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート⑩
今回ご紹介するのは、児童書2冊の企画を応募してくれたAさんです。英語の作品ではありませんが、出版翻訳としてのアプローチは変わりませんので、Tさんのケース同様、この企画でサポートさせていただくことにしました。
実は、Aさんはこれまでに4冊の翻訳書をすでに出版されています。ところが、その後、企画書を出版社に送ってもお返事がない、あってもお断りばかりという状況が続くようになりました。やがて、企画書を送っても、どうせうまくいかないと思うようになってしまいます。そして気づけば最後に本を出してから10年以上が経っていました。
もう諦めようと思いながらも、児童文学と翻訳が好きな気持ちに変わりはなく……諦めきれないまま、この連載記事やインタビューに登場された翻訳家の方々の苦労話に励まされ、もう一度チャレンジしようと動き出していたところだったそうです。
送っていただいた企画書も試訳も完成度が高く、どうして本になっていないのか不思議に思うとともに、世の中に存在してほしい、子どもたちに読んでほしい児童書だと感じました。
実力も実績も、選書眼も兼ね備えたAさん。きっとうまく流れに乗れば、次々に出版する翻訳家になれる方です。「営業が下手なんだと思います」とご自身で分析されていましたが、気を遣う優しい性格の方なので、そのために「こういうことをしてはご迷惑なのでは」「こういうことをしてはいけないのでは」と自分で自分にブロックをしてしまっていることが多いように感じました。そのブロックが外れていけば、エネルギーをいい形で外に出して活動していけるのだと思います。
Aさんのひとつ目の企画は、事実をベースにした物語です。昨年の5月頃に一度A社(注:社名のアルファベットではありません)に企画書を送ったことがあるそうです。公式サイトで企画書を受け付けている旨の記載があったので送ったものの返事がなく、あきらめるつもりでいたとのこと。その間に同じ著者の講演録がB社からブックレットとして出版され、好評のようです。そこで、その情報を追加して再度連絡を取ることをおすすめしました。もしメールへの返信がなければ電話で再度プッシュしてみること。それでもだめな場合には別の出版社にアプローチすることにしました。
Hさんのときにも同じ著者の本が先に出版されたケースがありましたが、Aさんも、B社からブックレットが出たことで、自分の企画のほうは検討してもらえる余地がなくなったのではと考えていました。でも、私は逆に、著者が認知されていくことはプラスの材料だと考えました。それに、B社の作品は講演録ですし、Aさんの選んだ原書は物語なので形式も違います。同じ著者なのでB社の担当編集者さん宛てに企画書を送ってみる、もしくは翻訳を手がけた方をSNSなどで探して連絡を取り、その方から編集者さんにつないでいただくほうがいいかもしれないとお伝えしました。
すると、Aさんは、「そんなことをしていいんでしょうか……?」と不安そうにされていたので、「私はそういうことをします」とお答えしました(笑)
いきなり見ず知らずの人から頼みごとをされたとき、それを「失礼だ」と受け止める方も、もちろんいらっしゃるでしょう。だけど「自分に何かできることがあればお手伝いしますよ」と協力的な姿勢を示してくれる方も、想像以上に多くいらっしゃるのです。
出版翻訳関連ではありませんが、以前にこんなことがありました。私は読書療法の研究をしていて、その中で少年院での読書療法の実践について現場の話を聞きたいと思いました。ところが少年院はとても閉鎖的な世界のため、いくつかの院にお願いしてみたものの、すべて断られてしまいます。
そこでどうしたかというと、参考資料にしていた矯正教育の論文集で、関連する内容を書いていた少年院の方にお願いしてみたのです。出版社を通して依頼すると、その方はお時間をとって会ってくださいました。すでに現役を退かれていましたが、現役の法務官の方を紹介してくださり、おかげで少年院の取材ができたのです。
こんなふうに、どんなご縁でも、たどっていけばどこかで自分の求めているところにつながっていきます。だから思い切って頼んでみてるのも「あり」だと思うのです。
さて、Aさんは、まずはA社にリマインドのために連絡を取ることにしました。すると……次回に続きます!
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