TRANSLATION

第165回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート⑨

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回ご紹介するのは、ブラジル在住のTさんです。英語の作品ではありませんが、出版翻訳としてのアプローチは変わりませんので、この企画でサポートさせていただくことにしました。

Tさんが選んだのは、ブラジルの現代文学です。Tさんは「ブラジル文学」あるいは「ラテンアメリカ文学」という括りで本書を捉えていました。そのため、企画書には類書情報がなく、対象読者層も「青少年、成人」とかなり幅広くなっていました。

でも、あらすじを拝読すると、「フェミニズム文学」という括りで捉えることができる作品でした。フェミニズム文学はしばらく前から大きなブームになっていて、その流れが続いています。その観点から類書や対象読者層を考えたほうが持ち込み先の候補も広がりますし、読者層も見えてきます。そこで、その観点から類書を探すことをTさんにおすすめするとともに、イメージが近いフェミニズム文学の作品をお伝えしました。持ち込み先の候補も、ブラジル文学関連の出版社のほか、フェミニズム文学を手がけている出版社の情報をお伝えしました。

出版社の情報を探すとき、公式サイトに持ち込み先が明示されていないと、あきらめてしまう方も多いかと思います。だけど持ち込みを受け付けていると明示していなくても、会社案内やお問い合わせ窓口の連絡先から応募できるものです。それすら表示されていない場合でも、特定商取引法上の表示があるはずですので、そこで連絡先を見つけてくださいね。今回探して見つけた出版社の中には「ファックスまたはお手紙で」と連絡方法を指定しているところもあり、出版社によって本当に様々だなと感じました。

Tさんは企画書とあらすじに加え、1ページ分の試訳も送ってくれていました。拝読すると、海外の翻訳文学らしい香りや雰囲気が感じられ、新潮クレスト・ブックスを読んでいるような気分になりました。普段から翻訳作品を読んでいらっしゃるそうで、やはりそれが文章に表れてくるのだと思います。

ただ、惜しいのは、細かい点の配慮不足です。4段落中2段落のインデントが抜けていたほか、「二人」と漢数字で表記を統一しているのに1箇所だけ「2人」と数字になっていた箇所がありました。そのため、1ページ中に3カ所赤字が入ることになってしまったのです。こうなると、せっかく訳文が格調高く素敵な雰囲気を持っているのに、赤字のせいで翻訳自体への評価が下がりかねません。Tさんには、細かい点に配慮しながら試訳を進めていただくようにお願いしました。

あらすじのほうにはこのような赤字は入りませんでしたので、きちんと仕上げる実力はすでにお持ちのはず。あくまでも、意識の問題なのだと思います。

表記のことは細かい事柄だと思われがちですし、実用書であれば、それほど気にしない編集者さんもいらっしゃいます。けれどもTさんが手がけるのは文芸書ですし、その分野ではひとつの表記を「ああでもない、こうでもない」と何時間でも考え抜くものです。表記ミスの位置づけ自体が違うのですね。だからこそ、表記ミスは「あってはならないもの」と考えて、隅々にまで神経を行き渡らせてほしいのです。

Tさんはこれまでも出版翻訳家デビューに向けて動いていて、出版実績のある翻訳家の方に、本書の企画を見ていただいたことがあるそうです。その際、「どうしてこの本を選んだのかわからない」「熱意が感じられない」と言われたとのこと。それを受けて企画書の情報を充実させ、さらにあらすじを加えて、今回応募してくれたのでした。

一度見ていただいたのなら、ご報告をする意味でも、もう一度その方に見ていただくこと。その際に熱意を示すためにも試訳を最低1章分は用意すること。そのうえで、お付き合いのある出版社をその方にご紹介いただくのが早いのではないかとお伝えしました。

また、Tさんの考えるこの作品の魅力は「読んでいて面白いことやテンポの速さ、話を追いながらも考えさせられるところ」というお話でしたので、その魅力が読者に伝わるように試訳の中で表現していくことをお願いしました。

Tさんはリオデジャネイロ在住なので作品に登場する地名にもなじみがあり、雰囲気が想像できて親近感を覚えたそうです。それは現地在住のTさんならではの強みだと思います。実際に行ったことがない日本の翻訳家には、その土地の雰囲気や味わいはなかなかつかめないものです。Tさんなら、地の利を生かして翻訳に反映させることができるでしょう。

海外在住だと不利だと思ってしまいがちですが、Hさんのケースでも見たように、海外在住だからこそできることも多くあります。Tさんの今後の展開も、楽しみですね!

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


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『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
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