第162回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート⑥
今回ご紹介するのは、アーティストの評伝を選んだIさんです。実は、Iさんはすでに出版翻訳家デビューを果たしていらっしゃいます。ただ、今回はまったく違う分野の作品を手がけたいこと、また、これまでは編集プロダクションを通してのお仕事で、持ち込みは初めてになることから、応募してくださいました。
Iさんの企画書は関連資料の準備も行き届いていて、とても完成度の高いものでした。ところが、この連載で学んだことを活かせていないと気づいたから再提出したい、というお申し出があったのです。「いやいや、すでに私の企画書よりはるかに優れているんですけど……いったいこれ以上どこを直すんですか?」と正直思ったものの、「まあ、ご本人がそうおっしゃるなら……」と再提出していただきました。
その結果、再提出された企画書のほうが、たしかにより良いものになっていました。最初のものは、企画書としての完成度は高かったものの、どうしてIさんがこの作品を手がけたいのかがわかりませんでした。再提出された企画書では、作品に関連するIさんのバックグラウンドや資格にも言及されていて、「なるほど、こういう方だからこの原書を選んだのか」と納得がいくとともに、Iさんがその作品を手がけるにふさわしいことをアピールできていました。
試訳も1章分ついていたので、企画書だけの場合と比べて内容がしっかり把握でき、どんな本かが伝わりました。しかも通常の訳文だけでなく、仕様を想定して文字数を設定した2段組みのものもあったのです。こうしてあるとIさんの本気度が伝わるだけでなく、完成した翻訳書のイメージが湧きやすいですし、「当然こうして完成するはず」と相手に思わせるサブリミナル効果もあるように感じます。実際、内容もおもしろく、今の時代の流れにも合っていて、「どうしてまだ本になっていないの? 早く続きが読みたいから、企画を通して、Iさんに訳してもらわなくっちゃ!」という気持ちになったのです(自分で原書を読もうとしないあたりがずぼらです……)。
ただ、気になったところが3点ありました。まずは、企画書で仕様の部分に記載されていた予定価格の高さです。3800円という設定になっていました。アーティストの評伝で写真も豊富なことから、Iさんは同様の作品の価格を参考に設定されたそうですが、これだと美術書の値段になってしまいます。中身が美術書であればそれでいいのですが、試訳を拝読するとドキュメンタリーの要素が強く、歴史物としても読めるので、ノンフィクションのカテゴリで扱える値段にする必要があると考えました。可能であれば1000円台、高くても2000円台前半という想定です。
2点目は、類書の方向性です。切り口が多い作品のため、アーティストのアートに着目することもできれば、背景にある歴史や人物の生き方などにも着目できます。どこに着目するかによって、提示する類書も違います。持ち込み先の出版社によって、どの部分を強く打ち出すかを変えていくことになるでしょう。
3点目は、日米での知名度の差です。アメリカでは各方面で話題になったアーティストですが、日本ではまだそれほど知られているとは言えません。そこで日本での関連記事を探したり、日本でこのアーティストを推している著名人を探したりなど、日本で提案しやすく、発売後にも売りやすい環境を整えることが必要になってきます。
IさんとはZOOMでお話をしてフィードバックをお伝えするとともに、「この作品にはこの出版社が合っているのでは?」と思うところを数社提案しました。その中のA社(注:社名のアルファベットではありません)とは、Iさんもお付き合いがありました。リーディングのお仕事で編集者さんと面識があったのです。それならば、その編集者さんに持ち込むのがいいのではと提案しました。ところが、Iさんは……次回に続きます!
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