TRANSLATION

第160回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート④

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回ご紹介するのは、アメリカ在住のHさんです。Hさんの選んだ原書は、専門的なメソッドを子ども向けに解説した絵本です。このメソッドについては日本でも多くの本が出版されています。あまりにもブームになったものは旬を過ぎたと思われて企画を通すのが難しくなることもありますが、最近の出版状況をチェックしたところ、このメソッドについてはまだ大丈夫だと思えました。特に子ども向けは出版点数も少ないので、可能性がありそうです。

絵本なので、一冊まるごと試訳を送っていただきました。拝読すると、Hさんが音楽関係のお仕事をされていることもあって訳文にリズムがあり、読者である子どもたちへの優しい目線が感じられました。

翻訳自体は素敵だったのですが、原書と比べたときに気になったところが3点ありました。

まずは、行数が揃っていないところです。青山南さんのインタビューでも言及されていましたが、絵本の場合、原書の文章の行数と訳文の行数を揃えるようにします。もちろん、言葉の違いがあるので完全に同じにはなりませんが、意識しなければいけませんし、絵に文字がかからないようにするなど、配置にも気をつける必要があります。そうしないと、絵本の基本を理解していない、あるいは原書を大切にしていないと受け取られてしまうからです。

2点目は、原書の表記への配慮が十分ではないことです。原書には斜体で表示されているところや、“you”ではなく“YOU”と大文字で表記されているところがありました。一見見落としがちですが、著者が意図的に工夫しているところですので、翻訳にも反映する必要があります。

3点目は、構成上の工夫の見落としです。原書では最初に登場する文章と終わりのほうで登場する文章が繰り返される、リフレインの形式になっていました。最初は1ページにこの1文のみが大きく入っていますが、終わりのほうでは一連の文章の中に組み込まれているので、よく見ないと気づきません。けれどもリフレインによって、「ほかならぬあなたが」と読者に訴える効果があります。この点の見落としがあったので、最初と終わりのほうの訳文を揃えて仕上げていただくようにHさんにお願いしました。

絵本は短いですが、その中にいろいろな情報が集約され、たくさんのメッセージが込められています。翻訳家が見落としてしまうとせっかくのメッセージを読者に伝えることができないので、丁寧に拾っていくことが大切です。

HさんにはZOOMでお話させていただくなかで上記のフィードバックをお伝えするとともに、企画書についても検討していきました。本書のような絵本の場合、このメソッドを推奨している日本の団体との接点があると出しやすくなります。その団体の推薦図書という形にしたり、団体のメンバーが多数いれば一定数購入してもらったりすることで売り上げが見込めるからです。

Hさんには日本の団体との接点はありませんでしたが、お話をしていく中で、本書を見つけたきっかけを教えてくれました。Hさんはお仕事であらゆる方と接していて、「自分の感情を扱い慣れていないといろいろな問題が出てくる。何よりもまずは落ち着くことが大切だ」と考えるようになりました。そういう考えを広める方法がないかと探していたときに、このメソッドについての絵本を見つけたそうです。内容だけでなく、著者がボストン在住でHさんのお住まいから近いことにも親近感を覚えたとのことでした。

お話を伺って、それなら著者にコンタクトをとってみたほうが企画が動くのではないかとおすすめしました。著者が日本の関係者を知っている可能性もあるからです。海外在住の方の場合、「日本にいないから出版翻訳家の夢がなかなかかなわない」と思いがちですが、著者にアプローチしやすいメリットもあるのです。

フィードバックを受けて、Hさんは早速著者にコンタクトをとってみました。すると……次回に続きます!

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


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『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
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