第157回 自分なりの線を描く
まずはデビューするのがひとつの大きな目標ではありますが、できることなら、ひとつの作品という「点」を、作品の連なりとしての「線」に変えていきたいものです。そこに自分なりの芯やテーマがあれば、読者の方がひとつの作品をきっかけに他の作品を手に取ってくれることになります。
ミステリ、自己啓発書、絵本といったひとつのジャンルの中で線を描くことももちろんおすすめですが、ジャンルでくくれるわかりやすいものでなくても、自分なりの線があるはずです。
私の例でいえば『虹色のコーラス』はスペインの小説ですし、『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと』はイギリスの認知症ケアについての実用書です。人から見ればまったく関係のないものを手がけているように見えるでしょうから、「どうしてそれを手がけるの?」と不思議に思われるかもしれません。だけど、人生において何を大切にするのか、人としてどう生きていくのか……そういう深い部分で、私の中ではこのふたつの作品は通底しているのです。
読者の方にわかっていただく必要はないですし、それぞれの作品で完結していただければ十分なのですが、「あ、ここにこんな線がつながっているんだな」と気づいた方には、読書をさらに楽しんでいただけると思います。私も翻訳家の作品を拝読する際には、その方がどんな線を描いているのかを追うことで、読みが深まるように感じています。そんな読み方をしてみるのも、翻訳の勉強を楽しくしてくれるのではないでしょうか。
手がける作品を選んでいく中で、自分の心に響くものや、「これをぜひ翻訳したい!」と気持ちが動くものを選ぶようにしていくと、自然と自分なりの線が描けていくように思います。最初は線になっていませんし、まっすぐな線になるのかと思っていたら急におかしな点が飛び出したように見えてしまうこともあるでしょう。自分でも線が見えていないので、自信が持てないかもしれません。「これまでせっかくこのジャンルでやっていたのに、どうして違う方向に行くの?」と尋ねられて、うまく答えられず、「やっぱりやめた方がいいのかも」と思ってしまうかもしれません。だけど「翻訳したい!」と気持ちが動いたということは、そこに自分なりの線が描けるはずなのです。だからぜひ、自分の気持ちを大切にしてほしいと思います。
線が描けるまでには、時間がかかるものです。それまでは自信を持ちづらいかもしれませんが、自分の内面を探ることでうまく対応できるようになるでしょう。その作品に心惹かれたのはなぜなのか、ていねいに言語化するようにしてみてください。たとえ自分がそれまでに経験したジャンルとは違っても、自分にとって響くものには何か共通するものがあるはずです。それを探しながら、言語化しながら、自分の線を意識してみてくださいね。
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