第152回 背後の10年
早いもので、今年も残すところわずかとなりました。どんな1年だったか、振り返る時期ですね。
今年は翻訳書ではなく著書のほうですが、『心と体がラクになる読書セラピー』と『古典の効能』の2冊を出版することができました。
こう書くと、次々に順調に出版しているように思われるかもしれませんが、いずれも背後に10年の時間が存在しています。『心と体がラクになる読書セラピー』は2011年に日本読書療法学会を創立して以来の活動をまとめたものですし、『古典の効能』も、恩師に教えていただいた古典の面白さを私なりにお伝えしたいとの思いを10年以上前から抱いていて、ようやく形にできたものです。
本というのは、たとえそれがすぐ世に出たように見えたとしても、何らかの形で10年はかかっているのではないでしょうか。著者がそのコンテンツを取得するまでの10年だったり、編集者と著者が出逢うまでの10年だったり、世の中が成熟するまでの10年だったり……。
末盛千枝子さんの『人生に大切なことはすべて絵本から教わった』という本に、お父さまで彫刻家の舟越保武さんとのエピソードが登場します。舟越さんのデッサンだけでできたクリスマスの本『ナザレの少年』をつくったときのこと。なかなかデッサンができてこなくて、編集者の末盛さんはやきもきしていたそうです。ところが最初の1枚ができてからは、なんと1週間ですべてのデッサンができたのでした。
“それで父に、「一週間でできたじゃない」と言ったら、「馬鹿言え、五〇年と一週間だ」って(笑)。それはちょっと冗談めかしてますけれども、でも、仕事ってやっぱり「五〇年と一週間」だと思いますから、あれは名言だったなと今でも思います。”
このエピソードはすごく印象的で、「五〇年と一週間」は、私も名言だと思います。それだけの時間の蓄積があってこそ、仕事は形になり、世に出ていくのではないでしょうか。
そう考えると、出版翻訳家デビューまでにかかる時間も、何らかの形で必要な10年なのかもしれません。たとえデビューまでに10年かかったとしても、そこから長く続けられる仕事ですし、その後どんどんペースを上げて出版できるようになれば、「1か月でできたじゃないですか」「いえ、10年と1か月ですよ」というやりとりが編集者さんとの間で交わされるかもしれません。
今年こそはデビューしたいと思っていたのに、かなわなかった方もいらっしゃることでしょう。そんなときは、背後の10年に必要な時間を積み立てたのだと考えてみてくださいね。
とはいえ少しでも早く形にしたい思いはあるでしょうし、目に見える進展があることで励まされる部分もあるかと思います。私ももっと読者の方を応援していけるように、具体的な方法を考えているところです。年明けに企画をご案内しますので、楽しみにしていてくださいね。
それでは、今年も1年間ありがとうございました。お身体大切に、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
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