第144回 ゲラをどうする?
翻訳書が出るにつれて、溜まっていくのがゲラです。ゲラとは、実際に本になったときの状態を確認できるようにした校正紙のこと。初校ゲラ、再校ゲラ、場合によっては三校ゲラなども出ることがあります。
出版社によって仕事の進め方も違いますので、入稿の段階でほぼ完全な状態になっていて、初校ゲラでの校正が最終的な確認に近い場合もあります。そうかと思えば、初校ゲラから再校ゲラまでに大幅な変更が加わる場合もあります。
どういう経過をたどって最終的な翻訳ができたのかをきちんと把握しておくために、以前はゲラをすべて保存していました。経過や事情を知らない読者の方が原書と付き合わせたとき、意図的に省略したものを訳抜けだと思ったり、考えがあって翻訳した箇所を誤訳だと思ったりしてしまう可能性もあります。そういう誤解をされた場合に備え、説明ができるようにしておきたいと考えたのです。ゲラはB4サイズなので大きいですし、本一冊分ですから厚みもあってかさばります。保存のためにどんどん場所をとられていきますが、いつか読者に質問されたときのために……。
でも、「いつか」は来ないとようやくわかりました。長年翻訳書を出してきましたが、原書と突き合わせて質問をしてくる読者はいなかったのです。アメリカ文学など、読者が自分でも翻訳してみるような分野なら事情も違うのでしょうが、私の手がけている分野には、そんなマニアックな読者はそもそもいないのですね。必要性がないことがわかったので、保存にはこだわらなくなりました。
ただ、中には保存しているものもあります。「ここには、これこれこういう事情があって、こう訳しています」などいろいろな書き込みがしてあって、編集者さんとの往復書簡のようになっているものです。ゲラというよりも、もはや「長い、長いお手紙」として保存しているという感覚です。また、読書会を開催する際などにこういうゲラをお見せすると、本が出来上がっていくプロセスや、その背後に多くの人が関わって推敲を重ねていることを実感していただけるので、そのために保存しているというのもあります。
保存する総量は減ったものの、すっきり片づくかといえば、そう簡単にはいきません。たとえば再校ゲラの校正をPDFのチェックだけで済ませる翻訳家もいらっしゃいますが、私はデータ確認では見落としがちで、紙で確認してはじめて間違いに気づくことが多いので、基本的にすべてプリントアウトしています。ゲラの保存をやめても、紙に埋もれる状況はそれほど変わらない気がします。
仕事柄、ペーパーレスには程遠いですね……。
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