第142回 高学歴じゃなきゃダメ?
今回は、こちらのご質問にお答えします。
「高学歴じゃないと出版翻訳家になれないのでしょうか?」
学歴を基準にして仕事を依頼する編集者さんの話は聞いたことがありませんし、編集者さんの立場からすれば、素晴らしい学歴があっても下手な翻訳家よりは、学歴がなくても上手な翻訳家のほうに仕事を依頼するでしょう。読者の立場からしても、問題になるのは翻訳そのものであって、質の高い翻訳であれば翻訳家に学歴があろうがなかろうが、気にならないのではないでしょうか。
私も翻訳家の方の学歴をチェックすることは基本的にありません。たとえば、すごく専門的な内容の翻訳書の場合に、「この分野のバックグラウンドをお持ちの方なのかな」と確認することはあります。理系の複雑な内容を文系の方が翻訳していたり、逆に文学的な素養が求められる内容を理系の方が翻訳していたりして感心することはありますが、それ以外で注意を払ったことはありません。
そこで、あらためて手元の翻訳書で翻訳家の方々のプロフィールをチェックしてみました。すると……
京都大学文学部卒業
慶応義塾大学経済学部卒業
上智大学卒業
同志社大学文学部卒業
早稲田大学卒業
東京大学文学部卒業
なるほど、たしかにどの翻訳家の方も高学歴です。これを見ると「高学歴じゃないと出版翻訳家になれないのでは?」と思ってしまうのも無理はないかもしれません。
学歴が高いということは、「目標設定をして達成する力を持っている」ということだと思います。「がんばらなきゃいけないポイントを見極めて、そこでしっかりがんばれる」のは、仕事を任せるうえでの安心材料につながるのでしょう。また、自分に合った勉強の仕方を知っているので、調べ物が多い翻訳の仕事でも自分なりに考えて取り組めると思ってもらえるのかもしれません。実績があることが安心材料のひとつであるように、高学歴であることも編集者さんにとって安心材料のひとつといえます。それは締切を守ることも含め、「この人なら、信じられないようなことをしでかして、仕事相手に迷惑をかけることはないだろう」という安心感です。
そういう意味では、学歴がなければ、それに代わる安心材料を持っていればいいわけです。語学関連の資格もそのひとつでしょうし、語学に限らず、スポーツなど他の分野で頑張った経験や、専門分野を持っていることもそうでしょう。学歴があればそれを安心材料としてアピールすればいいわけですし、なければ他のものをアピールすればいいだけのことです。要するに、学歴はあってもなくてもいいのだと思います。
「それでも、やっぱり高学歴なほうが有利なのでは?」と思われるかもしれません。私自身も「東京大学法学部卒業」なので高学歴なわけですが、たしかに「東大を出ているから大丈夫だろう」という安心感を持っていただけることはあります。その一方で、「東大出てるからできるよね?」という「幻想」を抱かれてしまうこともあるのです。本人からしたら「東大出てたって、そんなのできるわけないじゃん!」というような、幻想に基づく無茶振りも多いのです。メリットもあればデメリットもある、というよりデメリットのほうが大きいような……。
もし学歴がないことで悩んだり不安になったりしているのであれば、学歴が本質的な問題ではないこと、そこが問われるわけではないことを知って、安心していただきたいと思います。自分が持っていないものに焦点を当てても、自信を失ってしまうだけですし、いい結果にはつながりません。自分が持っているものを活かすことのほうに焦点を当てて、それを磨いていきましょう。
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