TRANSLATION

第138回 出版翻訳家インタビュー~青山南さん 前編

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回の連載では、出版翻訳家・エッセイストの青山南さんからお話を伺います。青山さんは『オン・ザ・ロード』『優雅な生活が最高の復讐である』などのアメリカ文学の翻訳で活躍される一方、『短編小説のアメリカ52講』『ピーターとペーターの狭間で』などのエッセイも手がけていらっしゃいます。また、『アボカドベイビー』『アベコベさん』『くさいくさいチーズぼうや&たくさんのおとぼけ話』をはじめ多数の絵本を翻訳されています。絵本の翻訳を手がけられるようになった経緯や、どのように翻訳されているのかを伺いました。

寺田: 本日はよろしくお願いいたします。青山さんの翻訳された絵本『エイモスさんがかぜをひくと』が大好きで、あの絵本に出逢って以来、青山さんの手がけられた作品をいろいろと拝読してきました。絵本の翻訳をされる方は、もともと絵本が好きな方が多いかと思うのですが、『木を見て森を見ない』によると、青山さんは「絵本の大好きなおとなというわけでもないし、たくさんの絵本に囲まれて育ってきたわけでもない」のですよね。

青山:絵本にそれほど興味があったわけではなくて、「大長編のアメリカ小説を訳すのもいいけど、絵本は文字が少ないからいいな」と半ば冗談で言っていたんです。分厚いミステリを手がけている知り合いの翻訳家は、「文字が少ないほうが一つひとつの言葉に気を遣うから嫌だ」と言っていました。「字がどっさりあればごまかせるけれど、それができないから嫌だ」と。いろいろな考え方があるものだなと思いました。そんなふうに半ば冗談での関心はありましたが、絵本そのものへの思い入れはそんなになかったんです。

寺田:それがどうして現在のように多くの絵本の翻訳を手がけるようになったのでしょうか。

青山:30代半ばの頃にエッセイを書いていました。ちょうど子どもが生まれた頃で今でいうイクメンの走りのようなことをしていたので、自由に書いていいという依頼の場合は、子どものことや育児のことを書いていたんです。それがある程度たまって、ユック舎から『赤んぼとしてのあたしらの人生』という本にして出してもらうことができました。それを読んだ絵本編集者が、「こういう本を書く人なら絵本に興味があるに違いない」といって「翻訳をやりませんか」と話を持ってきてくれました。「ぼくも文字が少ないのをやりたかったんですよ」と言って引き受けました(笑)。それがレイン・スミスの『めがねなんか、かけないよ』という超ナンセンス絵本です。編集者も気にいってくれて、その後もその方からの依頼でレイン・スミスの本を何冊も手がけました。絵本の翻訳家は、良くも悪くも真面目な人が多いので、ナンセンスなものをうまく扱える人が意外と少ないんです。そこで「ナンセンス絵本なら青山さん」と業界に広がっていって、そこから絵本の依頼が来るようになりました。アメリカ文学の大作なら時間がかかりますが、絵本はそれほど時間もかからないので、頼まれるままに引き受けてここまで来たという感じです。

寺田:そういう経緯があったのですね。絵本は文字が少ないからいいと思っていたということですが、実際に手がけられてみていかがでしたか。

青山:絵本は文字が少ないので、何回も見直せるんです。翻訳した後にしばらく放っておいて、寝かせてから直すことができます。気になる表現について、夜中に目を覚ましてパッと直したりできるんです。大作の小説だと何回も見直すことはなかなかできませんが、絵本だとそれができるのが楽しいですね。

寺田:トーンがすっかり変わってしまうこともあるんですか。

青山:たまにありますが、基本的にはないですね。主語を「私」にするか「ぼく」にするか、「ですます調」にするか「である調」にするかなど、悩むのはむしろ大人向けの小説のほうですね。

寺田:絵本の場合は、見た瞬間に、「やわらかい言葉で訳そう」「とがった感じにしよう」など、「こういうふうに訳そう」と路線が決まるんでしょうか。

青山:とりあえず最初は一気に訳してしまうんです。そして声に出して読み上げながら、口に乗りやすいかどうかを確認していきます。漢字の言葉など、子どもにとって難しい言葉を使っていいのかどうか悩むケースでは、編集者に相談します。

寺田:編集者さんのフィードバックを受けて、翻訳が変わることもありますか。完全原稿として編集者さんに渡して、一字一句変えてほしくないという方もいらっしゃいますが。

青山:変わることはありますよ。原稿を渡してから、今はコロナ禍なのでやりにくいのですが、編集者と向かい合って読み合わせをします。そこで編集者の提案をいただきます。

最初にテキストで確認して、それから絵に乗った形で見ていきます。絵本は絵がついているので、絵の中に文章を置きますよね。言葉が絵の一部になるので、どう配置するかという問題があるわけです。翻訳するとき、たとえば原文が3行であれば翻訳も3行にしますし、原文が2行であれば2行に、というのを守るようにしています。原文の長さに近づけるようにしているんですが、それでも文章を配置してみると絵に近づきすぎてしまうこともあるので、ビジュアルとしても見ていかなくてはいけません。

絵本は校正紙もカラーで出します。ていねいに6校まで出した編集者もいて、「お金があるんですね」と冗談で言ったんですけれども(笑)、これは珍しいケースで、だいたい3校くらいですね。

寺田:1冊の絵本を翻訳するには、どれくらい時間がかかるのでしょう?

青山:小説の場合のように毎日コツコツ訳すわけではなくて、一気に訳した後、しばらく放っておくんです。気づいたところを直してから、編集者に戻してやりとりを始めます。完成までどれくらいかというのは、一概には言えないですね。それに、最近の絵本はほとんど中国で印刷しているので、完全にこちらの手を離れてから半年くらいして出来上がってくるんです。

寺田:国内の印刷が多いのかと思っていましたが、中国に移っているのですね。青山さんの絵本は新作が次々に刊行されていて、膨大な量のお仕事をされていますが、依頼されたお仕事はすべて受けていらっしゃるのでしょうか。

青山:私は絵本の依頼は断らないことを大原則にしています。1回だけ例外的に断ったことがあって、それはあまりにもアメリカの事情を知らないとわからない本だったからですが、それ以外は断ったことはありません。500ページもあるような小説でしたら、自分に合わないとか長すぎるなどの理由で断ることもあります。関わる時間がどうしても長いですから。けれども絵本は文字が少ないこともあって、たとえ合わなくても、時間的にはちょっと我慢すればすむので、断らないようにしているんです。

 寺田:ご自身から企画を持ち込むこともありますか。

青山:大人の小説であれば持ち込み企画もありますが、絵本の企画を持ち込むことはありません。アメリカ文学に関しては網を張っていますが、絵本のほうは張っていないんです。絵本の編集者はすごく優秀で、本の選び方も達者です。どんな本が出ていてどんな作家が台頭しているかなど、すごくよく勉強しています。こんな本が出ているのかとこちらが思う頃には編集者のほうがもう情報を持っていますので、任せておいたほうがいいんです。それに、自分で選んでいたのでは広がらないと思います。最近は作品が現地で出版される前から原稿がPDFでこちらに届いて翻訳を始めることもあります。

寺田:『ピーターとペーターの狭間で』によると、ご自分で原書の主題歌やテーマソングといえるものを探して繰り返し聴いておられるとのことですが、長編小説だけでなく、絵本にも主題歌を探すのでしょうか。

青山:大人向けの小説の場合はテーマ曲があったほうが勢いがつくんです。けれども絵本の場合にはありません。集中して翻訳するので、雑音がないほうがいいんです。絵本そのものが一種の歌みたいなものですから。

寺田:ひらがなで分かち書きにするか、それとも漢字を用いるか、どのようにして決めておられますか。対象読者の年齢層で基本的に判断されるのでしょうか。同じような読者層に思える絵本でも、表記が分かれている印象を受けるのですが、出版社の判断によるところが大きいのでしょうか。

青山:分かち書きにするかどうか、点の打ち方、漢字の使い方は編集者の判断です。こちらが漢字にしていても、編集者の判断で、ひらがなにして分かち書きになることもあります。それでもめるようなことはないですね。

寺田:『超じいちゃん』では、「超」の字のインパクトや絵柄とのバランスが印象に残りました。「超」は子ども向けには難しい漢字かなと思ったのですが。

青山:タイトルはだいたいぼくが考えるんですが、「超」を使いたいな、と。「超」というのは、漢字は知らなくても「チョー」という言葉として子どもも使っているでしょう? その辺の子も、「チョー」「チョー」と言っていますよね(笑)。だから大丈夫だと思いました。あれもナンセンス絵本ですよね。

寺田:ナンセンスな感じと「超」の字がうまく響き合っていました。『ミツバチたち』は、イザベル・アルスノーが好きで原書を持っていたので、翻訳と両方拝読しました。原文から結構離れても、日本語としてのまとまりの良さを重視されている印象を受けました。

青山:原文から離れるのは好きではないのですが、離れるときには編集者の意見を入れている場合が多いです。「もうちょっと離れてもいいと思いますよ」と言われたら離れますね。「ぼくはあまり離れたくないんだけど」と言ってアリバイをつくって(笑)

寺田:離れるのは勇気がいるので、編集者さんがそう言ってくれるとありがたいというか(笑)

青山:そうですね。ひとりでは、なかなかね。それに、文字が少ないので、そこをあまり自己判断でやってしまうと、全体の雰囲気が違ってしまうことがあるので気をつけています。

 

後編では、好きな作家や翻訳家志望者へのアドバイスについて伺います。どうぞお楽しみに!

※青山さんの最新作は『蛾 姿はかわる』『キツネ 命はめぐる』の2冊です。10月25日に発売になります。

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※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

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『日日是幸日』(CLC)
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