TRANSLATION

第135回 翻訳と音読

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

拙訳書の読書会を毎月開催しています。そこでは、まず文章を1ページほど参加者に読み上げてもらってから、その内容について話し合います。基本的には参加者は拙訳書を手元にお持ちなのですが、直前に申し込んで初参加の場合など、手元にないこともあります。すると、文字ではなく読み上げた音声だけで内容を理解してもらうことになります。

目の前に文字があると、文字によって理解が助けられます。たとえ翻訳に拙い箇所があっても、文字を目で追いながらであれば、理解できてしまうのです。ところが、音声だけで聞いていると、理解が追いつかないことも出てきます。

読み上げてもらうのを聞きながら、自分の翻訳について「ああ、ここをもっとこうすればよかった……」「ここは、これじゃわかりづらいよね……」と、反省することしきりです。

私の尊敬する先生は、「声に出して読んでみましょう」とよくおっしゃっていました。音読することで、文章のリズムがつかめるからです。表現を磨くという意味での教えでしたが、音声だけでも理解できる文章にするうえでも、大切なことだとあらためて認識しています。

絵本の場合は、読み聞かせをする場面が多いこともあり、何度も声に出して読まれることを想定して翻訳します。「ここはこれだと音読しづらい」「このほうが文章のリズムがいい」などと、細かく確認していきます。けれども他の翻訳では、声に出して読んでみることはあまりありません。

音読をして確認しておくべきだったと反省し、自分の翻訳の至らなさやら拙さやら諸々に頭を抱えたくなります。かなり打ちのめされるのですが、読書会では私はファシリテーターとして進行しないといけないので、反省を活かして翻訳力を磨く代わりに、即座に忘れて前に進むというメンタルだけが鍛えられていきます……。

救いは、この読書会に講談師の方が参加してくださっていることです。プロの講談師に訳文を読み上げてもらうと、なんだかとても素晴らしい翻訳に聞こえてくるのです。「いい翻訳だなあ、素晴らしいなあ! うん、実にいい!」と思えてきて、みるみる自信を回復できます(笑)

ある翻訳家の方が、「翻訳をしていて気分が乗らないときに、フォントを変えたりして見栄えをよくすると、うまく翻訳できた気分になって調子が出てくる」というお話をされていました。そうして上手に自分をだましてやる気を引き出すのもひとつの技術ですが、それに通じるものがあるようです。

翻訳の質を上げるためには、音読も取り入れてみること。また、その際には文字情報に頼らずに判断ができるよう、音声だけで確認してみることをおすすめします。ただし、あまりにも自信喪失してしまったときには、ぜひ朗読の上手な方に読んでもらって、自信を取り戻してくださいね!

※新刊『心と体がラクになる読書セラピー』が発売中です。東急沿線がもっと楽しくなる情報誌「SALUS」に「読書セラピーで心を整える」という記事が紹介されていますので、よかったらぜひご覧くださいね。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。電子書籍でもお求めいただけますので、あわせてご活用くださいね。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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