第134回 翻訳と執筆
秋に発売予定の本があり、ここ最近は原稿の執筆に励んでいます。翻訳書よりも著書の発売が続きますが、翻訳から執筆へと意図的にシフトしているわけではなく、単に著書の企画のほうがあっさり通ったからです(笑)
翻訳と執筆をどのようなバランスで手がけるかは、人によって様々です。ずっと翻訳一筋できた方が長年の経験をエッセイにまとめるケースもありますし、小説の執筆をメインにしつつ、時折翻訳を手がけるケースもあります。また、翻訳で培った知識を語学書にまとめるケースもあるでしょう。
「翻訳:執筆=2:1がいい」といったおすすめの比率が存在するわけでもありませんし、翻訳は手がけても執筆は一切しない方もいらっしゃいます。単純に翻訳のほうが好きだから、翻訳の仕事をひとつでも多くこなしたいから、翻訳のほうが自分らしさを表現できるから、などがその理由です。
個人的には、翻訳家志望でも、チャンスがあれば執筆にも挑戦してみることをおすすめします。翻訳をしたい方は、もともと本好きで大量に読んでいるでしょう。そういう方は、執筆によって発見できることが多いからです。翻訳と執筆では、文章を紡ぎ出す点は同じでも、頭の使い方や取り組み方がまたそれぞれ違います。執筆においてその違いを体験することは、翻訳にも活かされると思います。
翻訳だとどうしても原文から離れられなくて思い切った表現ができないことがありますが、自分で書く分には原文はないので自由です。すべてを自分で生み出さなくてはならない大変さはありますが、だからこそ出てくる表現もありますし、「そうか、こういうふうに表現できるな」とつかんだことは翻訳するときのヒントになります。
また、翻訳を続けていくと、自分の中から溢れてくるものがあったり、翻訳という枠の中でうまく消化できないものが出てきたりすることもあります。そのときに、執筆というもうひとつの表現手段を持っておくことが、自分の中でのバランスを保ってくれるのではないでしょうか。
以前、ある小説家の方が、「小説を書いていると、翻訳を手がけたくなる。翻訳は『ここまでで終わり』という最終地点が見えているから、安心感がある。だけど翻訳をしていると、今度は自由に小説を書きたくなる」という趣旨の発言をしていました。両方を手がけることで、自分の中でのバランスが取れるのでしょう。
執筆も、エッセイや小説、詩など、それぞれ書くスタンスも、頭と心の使い方も違います。感覚的な表現になりますが、潜り方が違うというのでしょうか。書きたいことがわかっていて、いわば着地点が見えていてそこに向かって進んでいくものもあれば、無意識に潜って何かをつかんでくるような、書いてはじめて自分の考えていたことや書きたかったことがわかるものもあるのです。どれが向いているかは、実際に書いてみるまでわからないものです。
いろいろなタイプの執筆を経験することで自分の持ち味を活かしやすい分野や表現方法も見えてきますし、すべて翻訳にも活かされると思います。もちろん、「執筆よりも翻訳のほうが自分の持ち味を活かせる」とわかって、翻訳に絞るという結果になることもあるでしょう。最初から絞るよりも、試して納得したうえで絞るなら、翻訳への取り組み方も変わってくるはずです。
仕事に限らず、プライベートでもいいので、ともかく書いてみること。きっと興味深い発見があるはずですよ。
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