第130回 翻訳家の映画鑑賞
映画を見るとき、字幕版と吹替版があったら、字幕版を選びます。翻訳をしている方や勉強している方は、やはり字幕版を選ぶのではないでしょうか。
ところが先日、吹替版で見る機会がありました。字幕版のつもりで見ていたのですが、セリフが入ったところで「あれっ?」と気づいたのです。その日はかなり目も酷使していたので、「たまには字幕を追わずに映画鑑賞もいいか」と、そのまま吹替版で見ることにしました。
すると……ものすごくラクです!
普段はどうしても、「字幕ではどんなふうに訳してあるんだろう」ということにかなり意識が向いてしまうのですね。
「こういうふうに訳したほうがわかりやすいと思うんだけど……でもそれだと字幕のこのスペースにうまく収まらないわけね、なるほど」
「そんなにはしょっちゃうの? まあ、話の流れとしてはそれでいいわけか。でも映像がない場合には、この手は使えないよね」
「そうやって処理するんだ~、おしゃれ!」
「これは苦肉の策っていう感じだなあ……苦労したんだろうなあ」
などなど、頭の中が翻訳チェックで忙しいことこの上ないのです。娯楽のつもりでコメディを見ていても、コメディゆえにビジネスシーンではあまりなじみのない表現が多く出てきます。「こんな表現するんだ~。それをこう訳すの?」と身を乗り出してメモを取り出したり調べものを始めたり……全然娯楽になりません。
その点、吹替版は忙しい作業がなく、映画に集中できます。「映画鑑賞って、こんなにラクなものだったんだ!」と発見し、「今までの私はいったい……」という気分になりながらも、ちょっとした感動を覚えていました。
ところが、映画も終盤に近づく頃、思わぬ問題が……。
「これ、もともとはなんて言ってるんだろう?」
俳優さんの口の動きと吹替のセリフから、もとの英語を推理し始めるようになってしまったのです。
「これ、きっと英語は○○だよね? それをこういうセリフにしたのか」
「もっと口の動きに合ったセリフにすればいいのに。声優さんの合わせ方の技術の問題なのかな? でもこのセリフだとどうしても限界があるよね」
ようやく経験できたラクで楽しい映画鑑賞は、たちまち忙しい作業になってしまったのでした……。これはもはや、職業病?
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