第126回 編集者インタビュー~藤田浩芳さん(ディスカヴァー・トゥエンティワン) 前編
今回の連載では、ディスカヴァー・トゥエンティワン編集者の藤田浩芳さんからお話を伺います。藤田さんは第125回で話題になった『トラブルメーカーズ』の編集を担当されたほか、『アインシュタイン150の言葉』『うまくいっている人の考え方』などベストセラーの翻訳書を手がけておられます。『トラブルメーカーズ』を中心に、販促も含め、編集者さんの立場からのお話を伺いました。
寺田:本日はよろしくお願いいたします。牧野洋さんのインタビューをさせていただいた際、藤田さんが既刊本の翻訳をご覧になり、お仕事を依頼されたエピソードが印象的で、お話を伺いたいと思った次第です。普段からそのように翻訳書をチェックして翻訳家を探していらっしゃるのでしょうか。
藤田(以下敬称略):通常、弊社で扱う翻訳書は自己啓発書が多いのですが、新しく翻訳を依頼したいと思ったのは経済についての本でした。内容についての知識が必要で、バックグラウンドの理解がないと翻訳できない類のものだったんです。そこでふさわしい方を探して、牧野さんにたどり着きました。依頼する以上は、作品には当然目を通します。翻訳を拝見して、この方にお願いすれば大丈夫だと思いました。牧野さんはジャーナリストですし、リサーチもできる方なので、そういう方にお願いできればありがたいと思いました。
寺田:結果的に、そちらの書籍ではなく、牧野さんが逆提案された『トラブルメーカーズ』のほうが出版されることになったわけですが、本書を手がけてみようと思われた理由は何ですか。
藤田:牧野さんからレジュメをいただいて、面白そうだと思いました。これまでに出したことがないタイプの本だったんですが、内容的に出す意義もあるし、面白いし、何より翻訳家の方がそこまで入れ込んでいるのだから、きっといいものになると思いました。
寺田:通常は『トラブルメーカーズ』のように厚手の本ですと、編集者さんから「削ってほしい」と要求されるものです。本書では逆に翻訳家の牧野さんのほうから「半分くらいに圧縮しないと無理ですよね」と提案したところ、藤田さんが「最近は厚くても売れることがある」と、削らないご判断をされたんですよね。最近流行の「鈍器本」に寄せたほうが売りやすいというお考えがあったのでしょうか。
藤田:本によって、厚いほうが良いものと、そうでないものとがあります。ジャンルやテーマによっては、半分くらいに削る場合もあります。日本人にはわかりにくい部分が多いものや、厚過ぎて日本のマーケットで売りにくいものは、削ったほうがいいと思います。それとは逆に厚さが魅力になる本もあります。弊社から出している『マスペディア1000』や『起源図鑑』はその例ですね。『トラブルメーカーズ』は、ある時期のシリコンバレーについての歴史書であり、人物伝でもあるので、削ると面白味が減ってしまいうのではないかと考えました。要約したのでは本が持つ良さが伝わらないんですね。たっぷり読んでこそ面白い本だと思ったので、このままにしました。ただ、厚い本は編集も手がかかります。私自身、これまでに500ページというのはありましたが、700ページを超える本は初めてでした。
寺田:記録更新ですね(笑)
藤田:そうですね(笑)
寺田:本書はデザインにもこだわりを感じます。カバーの紙の手触りも独特ですよね。持った時に何ともいえず手になじみます。
藤田:ベルベットPPという加工です。ナイキの共同創業者フィル・ナイトの自伝『SHOE DOG』(東洋経済新報社)が2017年に出たんですが、これも黒のカバーにベルベットPP加工をしてあります。この本がベストセラーになって、よく使われるようになったのではないでしょうか。濃い色だと特によく映えるんですよね。
寺田:そうだったんですね。物として存在感があるので、インパクトがありますよね。
藤田:本書のカバーは色も蛍光色で、思い切って変わった色使いをしてあるので、本自体も目立つと思います。オーソドックスな人生指針についての本であれば、デザインも王道感があったほうがいいでしょうが、本書に登場するのは「変わった人たち」「突破していく人たち」です。だからデザイナーの秦浩司さんもそれに添ったデザインを提案してくれました。本のデザインからも、勢いを感じられると思います。
寺田:御社の主な読者層とはまた違う読者層になるかと思いますが、どのように想定して売り方を工夫されていますか。
藤田:自己啓発書とはまた違って、起業やイノベーションに興味がある方たちが読んでくださると思います。それで、リアル書店さんももちろんですが、ネット上での販促に力を入れています。Amazonでの見せ方も工夫していますし、牧野さんのプレジデントオンラインでの連載に合わせてウェブで記事を掲載するなど、販促の担当者もいろいろと動いています。
寺田:そうやって読者層に合わせてきめ細かく動いていくことは大切ですね。藤田さんのお仕事について伺いたいのですが、ずっと出版業界一筋でいらっしゃいますか。
藤田:大学を出て就職したのは別の出版社でしたが、その後ディスカヴァー・トゥエンティワンに移って以来、33年間ずっとここで働いています。
寺田:編集者さんは転職を繰り返す方も多い中、長年同じ出版社にいらっしゃるのはすごいことですよね。働きやすい社風ということでしょうか。
藤田:そうですね。フラットですし、風通しの良さ、仲の良さがありますね。編集と営業では全く別というのではなく、チームとして売っていくことを重視しています。また、いまはそうしていかないと本が売れない時代だと思います。営業だけでなく編集者もSNSで発信したり、著者・翻訳家にもお願いして発信していただいたり。そういう意味では、著者・翻訳家ともチームですし、書店ともチームだと捉えています。
寺田:現在は翻訳書を中心に手がけていらっしゃるのでしょうか。これまでに手がけられた作品も合わせて伺いたいです。
藤田:最初は翻訳物が多かったのですが、現在は国内の著者の本を多く担当しています。弊社が最初に出した翻訳書は『アインシュタイン150の言葉』という名言集で、これは版を重ねて67刷になっています。次に出したのが『うまくいっている人の考え方』で、単行本で40万部売れました。その後も「携書」という新書版で展開し、100万部を超えています。
寺田:色々な種類のカバーで売っている本ですよね。
藤田:そうです。営業からのアイデアでカバーを変えたところ、また売れたんです。見せ方を変えることで、手に取ってもらえるんですよね。やはり、編集だけでも売れないし、営業だけでも売れない。一緒にやることが大切だと思います。
寺田:チームで動いていらっしゃるんですね。それにしても、そんなにロングセラーが多いというのは意外でした。自己啓発書は、出版しても翌年には書店から消えてしまうような、寿命が短いイメージがあったのですが。
藤田:人生訓や処世訓のようなタイプの自己啓発書は、寿命が長いです。デール・カーネギーやナポレオン・ヒルとか、長いですよね。また、弊社の場合は取次を通さない直取引なので、それも本の寿命を延ばすのに役立っていると思います。取次を通すとどうしても、書店さんにとっては、たくさん流れてくるもののひとつになってしまいます。弊社では書店さんとのコミュニケーションによって、長く置いていただけるという強みはあるかと思います。
寺田:書店さんとの現場での人間関係をしっかりつくっていらっしゃるのですね。
藤田:書店さんと一緒にチームを組んで売っていくと考えています。先ほどの話のようにカバーを変えたり、キャンペーンをしたり。社内もチームだし、著者・翻訳家ともチームだし、書店さんともチームという考えです。
次回は翻訳家に求めるものや、募集している企画について詳しく伺います。翻訳家からの持ち込みも歓迎とのことですので、どうぞお楽しみに!
※ディスカヴァー・トゥエンティワンの最新情報は公式サイトをご覧ください。
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