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第124回 出版翻訳家インタビュー~牧野洋さん 前編

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回の連載では、出版翻訳家兼ジャーナリストの牧野洋さんからお話を伺います。牧野さんは『ビジョナリー・カンパニー4』『STARTUP』『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』『マインドハッキング』『トラブルメーカーズ』など多数の翻訳書を手がけるほか、ジャーナリストとして『官報複合体』『福岡はすごい』などの著作を出版されています。翻訳家にとって必要なスキルや、翻訳をするうえで大切にしていること、持ち込み企画の原書選びなどについて伺いました。

寺田:本日はよろしくお願いいたします。牧野さんは翻訳家であり、ジャーナリストでもいらっしゃいます。小説家やエッセイストが翻訳を手がけることはありますが、ジャーナリストでは珍しいのではないでしょうか。解説や監修をするのではなく、自ら翻訳を手がけていらっしゃるということで、お話を伺いたいと思った次第です。翻訳家志望者の中には、あまり実務経験がなく、翻訳家になるためにまず学校に通おうと考える方も多いです。牧野さんの場合はニューヨーク特派員を含め、日経新聞記者として20年以上お仕事をされる中で、翻訳も手がけていらしたんですよね。

牧野(以下敬称略):翻訳家として専門のトレーニングを受けてはいませんし、学校にも行っていません。勉強する前にプロの翻訳家としてスタートしてしまったので、いわばOJTですね。でも、そんなに不安はなかったです。『最強の投資家バフェット』など、プロとして文章を書いていましたし、英語の文献や英語で取材した内容を日本語で一般の読者にわかるように伝えることをやっていましたから。翻訳家としてではなくジャーナリストとしてですが、実質的に翻訳を経験していました。

寺田:日経書評委員として翻訳本も数多く読んでいらしたんですよね。

牧野:書評委員は何年かやっていました。海外駐在の経験があったので、英語が得意だからということで、翻訳本が回ってくることが多かったんです。多数の翻訳本を読む中で、客観的に翻訳の良し悪しがわかるようになりました。正確に訳すだけではなく、読みやすく訳さないといけないんだなという認識を持つようにもなりましたね。

寺田:それだけ読み込んでいれば翻訳家としてのご自身の実力もデビュー当時に客観的に評価できたと思いますが、その際にご自身に足りないと認識して「翻訳の勉強」として特別に取り組まれたことはありますか。

牧野:やはり、読みやすく訳すことを怠ってはいけないと思いましたね。実は、その認識はずっと以前から持っていたんです。というのは1999年に初の著作『バフェット―「米国株式会社を動かす男」』(注:後に『最強の投資家バフェット』として文庫化)を出したのですが、英語の文献やバフェットの記者会見での発言を日本語にする必要がありました。正確に引用しなくてはいけないと思ったせいで、その箇所が直訳調になってしまったんです。出版後に、引用部分が翻訳調で読みにくいという意見をもらい、自分でもそうだなと思いました。機械的に訳すのではなくて、意味を捉えたうえで、わかりやすく訳さないといけないんだな、と。この経験もあったのでなおさら、「翻訳をするなら読みやすく」と心がけるようになりました。

寺田:どうしても原文に引きずられてしまうので、難しいんですよね。どこまで跳んでいいのかを測りかねるというか。

牧野:そうなんですよね。だけど結局、読みにくいと、どんなに正確に訳してあったとしても読んでもらえないので。新聞記事にたとえて言うなら、どんなに良いことが書いてあったとしても、見出しが変だと読んでもらえないですよね。見出しやリードが良くないと、本文を読んでもらえない。それと同じことだと思います。

寺田:読んでもらえるような翻訳にするには、日本語力ももちろんですが、原文をしっかり理解できているという自信が要りますよね。「英語でドラッカーを学ぶ会」10周年記念のご講演用資料(注:読者の方にもご参考になると思い、牧野さんにお願いしてご提供いただきました。ぜひご覧になってみてください。)の中で、翻訳家に必要な4つのスキルとして、「①原書の英語を理解する能力(英語屋の能力)、②原書の内容を理解する能力(専門家の能力)、③自然な日本語を書く能力(文筆家の能力)、④取材して調べる能力(ジャーナリストの能力)」を挙げていらっしゃいます。いまのお話は、この②③に関係するかと思います。翻訳家を目指して勉強されている方はどうしても①にばかり目が行きがちですが、4つを備えていないと仕事をしていくのは難しいものです。④について、ジャーナリストがよく活用する情報源や、役立つ取材・リサーチ方法があれば伺いたいです。

牧野:翻訳をしていると、わからないところがたくさん出てきますよね。言葉も違うし、文化も違うし、専門分野の中でも色々な意見があったりしますし。そういう場合には、著者とやりとりすることがいちばん大事だと思います。たとえば、最初に手がけた『ランド―世界を支配した研究所』というアメリカのシンクタンクについての本の翻訳の時には、軍事専門用語が多かったので、調べものも多くありました。出版社経由だと二重、三重に手間がかかってしまうので、経由せずに著者の連絡先を教えてもらって直接やりとりをしました。それこそ何十回もメールでやりとりしましたね。原文の誤りも見つけて感謝されたりして(笑)。『トラブルメーカーズ』でも質問をリストにして著者に確認しました。かなり調べて絞り込んだのですが、それでも数十項目になりましたね。でも『ランド―世界を支配した研究所』の頃と比べると、調べものの環境はずいぶんと良くなりました。当時は軍事専門用語の巨大な辞書を用意して調べていましたから。いまはそんなことをしなくても、ネット検索でかなり引っかかってきます。そういう意味では、翻訳家にとって黄金時代が訪れたんじゃないかなと思いますよ。

寺田:よく使われるサイトはありますか。

牧野:分野によって活用する情報源は違うので、特に決めているわけではありません。ただ、ネット検索の場合であっても、できるだけ間接情報ではなく直接情報を参照するようには心がけています。きちんと出所を特定できて、第三者が検証できるような情報を見つける努力はしています。

寺田:「英語でドラッカーを学ぶ会」10周年記念のご講演用資料の中でも、名前の表記を調べて細かく訂正されていましたが、名前は結構困ることが多いですよね。HowToPronounceを使ったりしています。

 牧野:私もあれは使いますよ。名前については、シンポジウムやテレビで本人が話している映像や、身近な人が本人に呼びかけている映像がYouTubeにあったりすると助かりますね。ちなみに先日はトルコ人の名前で苦労したのですが、トルコ関係の記事などを色々と調べていたら、同じ名前が訳されているものを見つけて、日本語表記がわかって解決しました。

寺田:翻訳そのものよりも、調べものにかなり時間がかかりますよね。特に、人名や地名などが多く登場するものを手がけていらっしゃるので、大変かと拝察します。

牧野:そうですね。『マインドハッキング』を訳していたときにはサブカルチャー系の言葉もたくさん出てき、結構大変でした。

寺田:デビュー当時のお話を伺いたいのですが、『最強の投資家バフェット』以外にも、翻訳・解説を手がけられた『ドラッカー 20世紀を生きて』を日経編集委員の頃にすでに出版されていますよね。基になった日経新聞の「私の履歴書」は、当時楽しみに拝読していました。その後2007年にフリーランスに転身されたわけですが、出版翻訳を手がけられるようになった経緯について教えてください。

 牧野:2007年に会社を辞める時に、すでに翻訳をすることが決まっていたんです。それは、マスコミ業界にいたことが有利に働いたと思います。1990年代の半ばに私がチューリヒに特派員として滞在していた頃、知り合った下山進さんという方がいます。最近では『アルツハイマー征服』という著作が評判になっている方です。下山さんがコロンビア大学ジャーナリズムスクールで学んだことを『アメリカ・ジャーナリズム』という本にまとめ、日本にはジャーナリズムスクールがないことを訴えてくれたんです。日本ではビジネススクールは知られていますが、ジャーナリズムスクールは知られていませんし、留学する人もほとんどいません。そのことに対して私は問題意識を持っていたので、下山さんに対して「よく書いてくれた」という思いがあり、手紙を出したんです。それがきっかけで交流をするようになりました。退職する時に会いに行って、「翻訳をやろうと思っている」と話したところ、当時文藝春秋社にいた下山さんがすぐに仕事を回してくれたんです。それが『ランド―世界を支配した研究所』です。

寺田:そうだったんですね。その後、ご自身で積極的に営業をされたのでしょうか。

 牧野:翻訳と書くことを同時並行でやっていましたので、『ランド―世界を支配した研究所』の後に急いで2作目を探す必要はないと思い、営業していなかったんです。むしろ知り合いから頼まれてやっていました。『市場の変相』はリーマンショックをテーマにしたもので、プレジデント社から出ています。これは英文日経時代の元同僚が同社に転職していて、私がマーケットに詳しいことから声をかけてくれました。『ウォーレン・バフェット 華麗なる流儀―現代版「カサンドラ」の運命を変えた日』は東洋経済新報社で、ドラッカー学会つながりの依頼です。私がドラッカーに詳しいことから、事務局担当者に頼まれました。『ビジョナリー・カンパニー4』は日経BPから出ている本ですので、もともとの日経人脈がありました。『座らない!』『マインドハッキング』『NETFLIXコンテンツ帝国の野望』はいずれも新潮社で、担当編集者もすべて内山淳介さんです。私が日経新聞を辞める時に、当時の論説委員が内山さんを紹介してくれました。私がアメリカ時代に書いた記事を、内山さんが担当していた雑誌『FOCUS』の巻頭特集に使ってもらったりしたこともありました。そのつながりで翻訳書も担当してもらっています。原書と突き合わせてしっかりチェックして、見逃している点も見つけてくれるので、頼りになる編集者です。

寺田:では日経新聞記者時代の人脈もかなり活かすことができたのですね。

牧野:編集者とのパイプをつくることがいちばん重要だと思います。もし私がマスコミ出身でなければ、何らかの形で編集者の名前を見つけて、自分で営業をかけるなどしたでしょうね。編集者を見つけて1冊本を出せば、それが信用につながりますから。それで他の本の依頼が来るかもしれないし。最初のスタートラインに立つのが難しいところですよね。私の父は日本評論社で出版部長として働いていて、「独立する時には本を2冊書いてからにしろ」というアドバイスをしてくれていたんです。「そうか、本が2冊あればそれが名刺代わりになって信用につながるんだな」と、父の言葉が頭にありました。実際、『ドラッカー 20世紀を生きて』『最強の投資家バフェット』があったので、それを名刺代わりにできました。

寺田:それは良いアドバイスをいただきましたね。その後はご自身で手がけたい本を見つけて持ち込みもされていますよね。

牧野:『座らない!』『STARTUP』、それに最新刊の『トラブルメーカーズ』は持ち込み企画です。

寺田:それぞれ、どのようにして原書を見つけられたのでしょうか。また、翻訳する価値があると判断された理由は何でしょうか。

牧野:『座らない!』の著者トム・ラスはポジティブ心理学の世界では著名人なので、原書の発売直後からポジティブ心理学関係者の間で話題になりました。当時米クレアモント大学院大学の博士課程で、心理学者ミハイ・チクセントミハイ教授の指導を受けていた妻(注:牧野恵美さんは元ジャーナリストで、会議通訳のご経験もある方です。2013年からは大学でアントレプレナーシップを教えておられ、現在は広島大学で起業エコシステムの構築に取り組んでいらっしゃいます)にも情報が入ったんです。それで知ったわけですが、私自身もかねてからスポーツジムに通い、ウェアラブル端末で1日の歩数や睡眠状態をチェックしていました。「運動が仕事の生産性を左右する」と感じていただけに、本書の内容が腑に落ちたのです。

寺田:もともとは奥さまからの情報だったんですね。『STARTUP』のほうはどのようにして見つけられたのですか。

牧野:「アントレプレナーシップを教えるいい教科書がない。アメリカにはあるのに残念」という妻のひとことがきっかけでした。アントレプレナーシップ関連の良書はすでに翻訳されていたものの、プロ向けのビジネス書でした。一般のビジネスマンや大学生にはハードルが高かったんです。そこで、アメリカにはどんな本があるのかと妻に訊いたところ、原書を教えてくれました。読んでみると、教科書的な堅苦しさがなく、すらすらと読み進めることができました。恋愛やゲームの要素もあり、楽しく読むうちに起業を追体験できる本だったんです。これは何とかして翻訳したいと思って新潮社の内山さんに持ち込んでみると、「あまりないタイプのビジネス書ですね。やってみましょう」と言ってもらうことができました。日本でも大企業神話が崩れていた中、起業家を目指す人たちだけでなく、イノベーションを必要とする大企業にも需要が見込めるという意見で一致することができました。

寺田:こちらも奥さまがきっかけだったのですね。すぐ近くに原書の目利きがいらっしゃるわけですね。

牧野:妻は私よりも本を読むのが好きで、Kindleを常に手放さないんです。よく面白い原書を見つけて教えてくれます。英語はネイティブで、ネイティブの中でもかなりレベルが高いので、わからない表現が訊けるのもありがたいです。翻訳にあたっても色々と助けられていて、妻には原文を読まずに翻訳を見てもらうんです。そうすることで、翻訳調ではなく、読みやすい日本語になっているかを確認してもらっています。事前に原文を読むと内容が頭に入ってしまい、翻訳調の文章でも自然に読めてしまう可能性があるので、見せないようにして渡しています。編集者にチェックしてもらう前の段階で、傍にいる妻に第一読者としてチェックしてもらえるのは助かります。妻も忙しいので、全部は読んでもらえないんですが(笑)

寺田:ご夫妻の知的工房という感じで素敵ですね。最新刊の『トラブルメーカーズ』は、『福岡はすごい』のご執筆のためにシリコンバレーの歴史を振り返る必要から原書を手にされたと「訳者あとがき」にありました。奥さまもご自身のお仕事の一環で同書をお読みになり、牧野さんが既読とは知らずにお薦めされたことから、「妻が面白いと言うのならば、翻訳する価値があるのではないか」とお考えになったエピソードが印象的でした。

牧野:『トラブルメーカーズ』を翻訳する発想は全然なかったんです。ページ数が多く、かなりの仕事になってしまうので。ところが、私が読んで2年くらいしてから、妻から「面白かった」と聞いたんです。

寺田:目利きの奥さまがそう思われたなら、間違いないというわけですね。

次回は最新刊の『トラブルメーカーズ』の出版がどのようにして決まったのか、詳しく伺います。どうぞお楽しみに!

※牧野洋さんの最新情報は公式サイトをご覧ください。

※新刊『心と体がラクになる読書セラピー』が発売中です。出版記念トークショーの動画配信で詳しくご紹介していますので、ご覧いただけたらうれしいです。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。どうぞよろしくお願いいたします。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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