第120回 夢をあきらめそうなときは?~前編
今回は、こちらのご質問にお答えします。
「出版翻訳家を目指して勉強してきたけれど成果が出ず、夢をあきらめそうになります。こんなときはどうすればいいですか?」
まず知っておいていただきたいのは、「あきらめるのは悪いことではない」ということです。「あきらめずにひとつのことを成し遂げるのが立派なこと」という価値観が日本では根強いですが、「あきらめる」には本来、「明らかにする」という意味があります。勉強をしてみたけれど自分には向いていなかったと明らかになったのなら、別の方向に進むことだってあるでしょう。それは決して悪いことではありませんし、自分の適性を見極めて選択をしたのですから、罪悪感や敗北感を抱え込んでしまう必要はありません。
考えてみてほしいのは、悩みながらもあなたが踏みとどまっている理由です。「出版翻訳家になるって宣言してたし、ここであきらめたらかっこ悪いし、まわりにどう思われるか……」と周囲の目を気にして踏みとどまっているとしたら、出版翻訳家になることはもうすでに、あなた自身の夢ではなくなっているということですよね。それに、周囲の目を気にしているかもしれませんが、周囲はあなたが思うほど、あなたの夢を気にかけてはいません。「実は、出版翻訳家の勉強をやめたんだ」と伝えても、「あれ? 目指してたんだっけ?」という反応があるくらいでしょう。こういう理由で踏みとどまっているとしたら、もっとあなた自身の気持ちを尊重してほしいと思います。
あるいは、あなたが踏みとどまっているのは、「これまで勉強してきたのに、ここでやめるなんてもったいない!」という気持ちがあるからかもしれません。つぎ込んできたお金や時間のことを考えると、元を取らなくてはと思ってしまうのでしょう。だけどその姿勢で取り組んでも成果は出ないでしょうし、何よりそんな気持ちで過ごす時間は、あなた自身のためにならないのではないでしょうか。それに、あなたが勉強してきたことで得たものは、たとえそれが出版翻訳家デビューという目に見える成果につながらなかったとしても、読解力や語彙力、深く読むことで培われた情緒など、たくさんあるはずです。目に見えない資産を、もっと評価してもいいと思うのです。
こういうときは、第2回の「そもそも論~どうして出版翻訳家になりたいの?」に立ち返りましょう。もう一度、ここで自分の動機を見直してみてほしいのです。
きっとあなたは勉強を続けてきたことで、以前よりも状況がよく見えるようになったのでしょう。人によっては、「出版翻訳をやりたいと思っていたけど、ビジネス翻訳のほうが自分には向いてるみたい」「出版翻訳よりも字幕翻訳のほうがやりたかったことに近いかも」など、ある程度勉強を続けてきたことでわかってきたことがあるかもしれません。それなら、これまでの勉強を活かして方向転換すればいいでしょう。
あるいは、本を出すことで認められたいという承認欲求がモチベーションになっていた場合、出版翻訳とはまったく関係のないことで承認欲求が満たされたことで、モチベーションを失っているのかもしれません。承認欲求が満たされたこと自体は喜ばしいことですから、いまの心理状態で、本当に出版翻訳がやりたいのかどうか、あらためて自分に問いかけてみてください。
最初はもしかしたら、出版翻訳家への単なるあこがれだけで勉強を始めたのかもしれません。それが実際に取り組んでみたら想像していたよりもずっと大変な作業で、自信をなくしてしまったのかもしれません。自分の能力を過信していたけれど、はるかに能力の高い人が大勢いて、この世界で生き残れるのだろうかと不安になってしまったのかもしれません。
「思っていたよりずっと大変だけれど、それでもやっぱり出版翻訳家になりたい」「どうしてもこの原書を世に出してあげたい」……そんな思いがあるなら、あきらめないための具体的な工夫をしていきましょう。次回の連載で、詳しくお伝えします!
※新刊『心と体がラクになる読書セラピー』が発売中です。コロナ禍の読書にもお役立ていただければうれしいです。
※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。どうぞよろしくお願いいたします。